第6話 トライアウト?
面接が行われていた部屋は球団事務所の一室で、ドルフィンズ練習グラウンドの一角にあった。
面接室を出たホワイトランに先導される形で続く一同。
これから何が始まるのかは誰もわかっていない。
廊下の扉が開くと、そこには練習グラウンドが広がっていた。
見覚えのあるユニフォームに身を包んだ一軍の選手たちが目の前で練習している。
外野の一角には、キャッチボールをするドルフィンズの女子選手、江川希の姿もあった。
自分もあそこにユニフォームを着て立ちたかったという気持ちと、今そこにいない自分という現実に直面し、楓は一度俯いた。
と、そこへ、声がかけられる。
「Hurry up! Come on!!」
マウンド上にスーツ姿で立ったホワイトラン監督が、一塁ベンチ前に立ち尽くす楓を呼ぶ仕草をする。こうしてグラウンドで見ると、すらりと背が高いのがわかる。身長は190センチ近くあるだろうか。
楓が近くまでいくと、おもむろに無言で右手用のグラブを渡してくる。思わず受け取ってしまった。
土埃舞うマウンドに、パンツルックのリクルートスーツ姿の女子大生と、スーツ姿の壮年男性。
なんとも異様な構図である。
そしてホワイトラン監督は、今度は三塁側ベンチでプロテクターを外そうとしている選手に声をかける。
「Hey! Shige! Come on!!」
シゲと呼ばれたのは、ドルフィンズの正捕手・谷口繁である。
谷口があっけにとられながらもマウンドに駆け寄ると、ホワイトランは通訳を通じて一言二言告げると、楓を残してホームベース方向に歩いていく。
そしてホームベースの後ろに座った谷口の後ろに立つと、楓にボールを投げて叫んだ。
「Show me your pitching!」
楓はボールを受け取ると、もう一度ホームベース方向を見た。
ボールを投げてみろと言われたのはなんとなくわかったが、まったく意図がわからない。
が、ふとした思いが頭をよぎる。
(これって…入団トライアウトなんじゃ…)
何が起こっているのかよくわからないが、千載一遇のチャンスが訪れている。
諦めたはずのプロの捕手が目の前にいる。
どうしてもホワイトラン監督に会いたいとあかねに頼み込んで面接を受けたのは、本当に球団職員になるため?
ううん、違う。
私は、もしかしたらこうなることを、心のどこかで期待していたのかもしれない。
本当は、野球選手としての自分の話をしたかったのかもしれない。
だから、あんな言葉が出たんだ。
(それなら……)
ボールを握りなおして、後ろで束ねた髪をほどき、天を仰ぐ。
高校生の時から続けていた、勝負するときのおまじないだ。
「大丈夫。私のシンカーは世界一。」
小さく声に出して呟く。
いつのまにか座っていた谷口の方へ向きなおると、ボールの握りを見せるように左手を前に出す。
「シンカー投げます!お願いします!」
谷口がミットを一度ぽんと叩く。
それを見届けて、楓はセットポジションに入る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます