骨董屋麒麟堂
ほう
長い息を吐くと、目の前の店主が笑った。
のっぺりとした顔は、まるで時の流れから落ちてしまったように年齢が分からない。
「お付き合いくださいまして、ありがとうございます」
薄暗い店内には、様々な骨董が所狭しと置かれている。
重なる影の淀みに、不気味な気配を感じるのは、先程の店主の話のせいか。
「如何に御座いましたか。
これは全て本当の話にございます。」
店主は悪戯っぽい口調でそう言った。
が、目はひたっとこちらを見据えている。
「おや、お疑いにございますか?」
一瞬、目を見開いたが、すぐに昼寝をしている猫のような細い目に戻って、くくくくと笑った。
「左様でございますねぇ、なんの証拠もございませんもの。
しかしながら、今まで不思議に思われたことはございませんでしたか。
何故、太閤のお子を茶々殿だけが産むことが出来たのか。
織田右府様、織田勘九郎様、明智殿のご遺体が何故見つからなかったか……
何故、織田右府様の寵臣、森三左衛門様のご嫡男が、出仕されることなく、十九の歳まで初陣すらされなかったのか。
ええ、左様でございます。
おかしな事の裏には、付喪神が関係してございます。」
薄暗い店内が、ふぅと息を吐くように、ますます暗さが増してきた。
なんと不気味なことだろうか。
店の影から、妖しげなものが身動ぎして、じわり、じわりと這い出てきそうだ。
ガタ
思わず立ち上がると
「ああ。お帰りでございますか」
そうだ、もうこの店から出ていこう……
「さあそれでは、お代にございます」
お代……
あんな変な話を聞いたあとで言われると、ゾクリと嫌な気持ちになる。
「簡単なことにございます」
店主の笑顔まで、どこか人間らしい温かみを削ぎ落とした、作り物に感じられる。
「ちょっと私どものお願いを聞いていただきたいだけにございます」
あくまで下手に物申すが、まるで喉元に切っ先を押し付けられたように、冷たいものが体に広がっていく。
「そう、もしも、彼の方が思いを叶えられなかった時、その体をほんの少しだけお貸しくださればいいのでございます。
ええ今すぐなんて事ではございません。」
店主はスルスルと滑るように近づいてきて、すぐ側に立ち、気味の悪い微笑みを深くした。
「いいえ、ええ。大したことではございません。
今度は失敗するはずはございませんもの
単なる保険とかにございます。
はい
その時が来ましたら、お呼びいたしますので、その時までお元気で」
店主の剣呑な微笑みから、店の薄気味悪い空気から逃れるように、踵を返して戸口に急ぐ。
後ろから店主の声が追いかけてきた。
「あ、外に出ますと時代が変わっていることがありますから、お気をつけておかえりください
はい、それでは失礼いたします
店主は可笑しそうに笑って頭を下げた。
一歩足を踏み出し、振り返ると……
入った筈の店は消えていた。
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