一節切の夢

物語の果て

真っ暗な暗闇である。



「青蛙神」



右も左もわからぬ混沌の暗闇の中、

今度はどれだけ眠ろうかと手足を伸ばしている所に、自らを呼ぶ声を聞いて、目を開けた。



闇の中、ポッと白い光が灯った。



「なんじゃ、乃可勢のかぜなみだか」


白い光の中に浮き出る墨染の衣の付喪神たちの姿を見て、青蛙神は身を起こした。


ぬしは散ったかと思うたわ」


とがめるように言うと、笛の付喪神は物も言わず笑った。


「鳳凰の太刀が、約束通り先陣を切ってくれはったお陰で助かりましてんで」


泪が笑う。


乃可勢は涼しい顔で懐から物を取り出した。



目の前に突き出されたそれを見て、青蛙神は顔を歪めた。


「あれは最早、依り代となりて散じた。この度はもう無理じゃ」


すると乃可勢は懐から革の袋を取り出し、青蛙神の方へ投げてよこした。


「五百年前のあの日、わしが回収した光忠の残りじゃ」

その言葉に、青蛙神はそうでなくとも大きく飛び出した目を、更に大きくひんいた。



「待てよ、それでは光忠は半分にも足りないほどで蘇らせておったのか」


「付喪神は、人の思いできておる。足りぬ分はわしが補って置いたわ」


乃可勢はニヤリと笑うと懐から出した藤の花を頭にさして見せた。


「これを通じてな」


最早、青蛙神は呆気にとられて、乃可勢の顔をまじまじと見た。


こやつめは何百年も光忠に思いを馳せ、蘇ったのちもそれを補い続けるために思いを流し続けておったのか。

あの方のために再び散じる覚悟の光忠の横で。


「しかし、また、何百年もおぬしの思いを貯めるつもりか。

ぬしの身とていつまでも持つ物ではあるまいに」


乃可勢は再び懐から、見事な玻璃の玉を取り出した。


「松村の思いじゃ」


隣に立っていた泪がクックと笑った。

「こやつめは、松村が事故に遭った時から取り憑いておったのよ。

あの鳳凰の短刀を見習ってな」


「ついでにこちらにも光忠の意識の切れ端が入っておる。

十分、依り代になろう。

此度こたびは何年もかからぬわ」


涼しい顔でうそぶいた。


はあ、と青蛙神はため息をついた。

「なんと。情を通じている振りをして、それを盗っておったのか」


(やれやれ、それではあのお方は、不完全じゃわい)


青蛙神は、頭を抱えた。



(これは他には漏らせぬぞ)


「なんとまあ、乃可勢の思いのきついことよ。

報われぬとわかっておりそうなものを」


「さて、どうかな」


呆れた顔になった青蛙神は、隣に立っている泪に視線を移した。



「さて、ぬしはそこで何をしているのか。

他の者どもと共に、蘇らせたあるじに仕えんで良いのか。」

ギロギロと大きな目を見開いて、泪に言った。

「この馬鹿者が」

青蛙神はクイと短い首を倒し、 笛の付喪神を指し示した。


「わざわざ、家臣どもまで、時の流れから掬い出して蘇らせおったに」



「なんの、あの方は、知らぬお方や」

泪はすげなく応えた。


青蛙神の問いかける視線に、乃可勢は肩をすくめた。


「朽ちる迄の暇潰しに、一緒におると申しておる」


「光忠は好かへんが、な」

茶杓の付喪神は鼻をならした。


「しかして、その小脇に抱えておる銀色の丸い物はなんじゃ」

泪は抱えていた、銀色の金属製の円盤を重そうに胸の前に抱え直した。


「これは、まだ若い付喪神や。

自動清掃機とかいうもんらしいで。

主人のために、急いで熟したさかい、不完全なまま付喪神になりおって口もきかれへん。


放っておくのも哀れやし、連れて行こう思うてな」


銀色の円盤は、シュンと姿を変え、あの執事になった。


「ほう。今時は使い捨て故、なかなか付喪神になるまで熟せぬが」

青蛙神が目を細めて値踏みをするように見ると、執事は慌てて、自分の肩よりも背の低い泪の方へ身を寄せた。


「似た者同士か」


青蛙神は含み笑いをした。


「言うとけや」

身の大きな執事を後ろに庇った小柄な泪が、肩をすくめた。

「まぁ、暇つぶしの相手は多い方が良い。言うてやるな、青蛙神」


「やれ、それにしても、わしも耄碌もうろくしたもんじゃ。

人の子の寂しい思いに主がつけ込んで、冥土に送るどころか、取り込んでしまうつもりとは思わなかったわ。

おまけに散ったふりをして、別の道へ行くつもりだとはな」


「人聞きの悪いことを申すな。たまたま利害が一致した、厚たちに手を貸したまで」


「主の望みは光忠一つか」


「最初に見た付喪神に心を奪われて追いかけ回しはるとは、雛みたいなものや」


「雛だろうが、何だろうが、惚れてしもうたものは仕方あるまい。

わしは光忠以上に『ウツクシイ』ものは見たことがない」


「やれやれ、何ともなやのう」


溜息をつくと、どこから取り出したのか、青蛙神は乃可勢に螺鈿らでんの小箱を放って寄越した。



「ほれ。好きにせい。物好きどもが」


それを受け止めると、乃可勢はふっと口を緩ませた。

それを見て、青蛙神はため息をついた。


「あんな性格の悪い付喪神のどこが良いのやら。

気性の荒さでは天下一品じゃ。

その上、光忠は蘇れば、我が主人あるじを蘇らせたがる。

永遠に同じことの繰り返しじゃ」



「やって見ねば分からぬ」


幸い、わしは気が長い。

いつかきっと、わしはぬしに追いつく。


胸に抱かねば、止まぬ思いがある。



「いつかきっと追いつくわい」



 


 大名物、「天下人の一節切ひとよぎり」と呼ばれる付喪神、乃可勢は、愛しい付喪神の残されたつかさやなどのあつらえを懐に入れると、灯りを消し、暗闇に紛れて、茶杓の付喪神、なみだたちと共に消えて行った。



あの本能寺の暁に砕けた、名刀 不動光忠を再び蘇らせるために。



また終わらない物語が始まる。


そして



                        



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