第3章 Boy meets Girl(不良vs忍び)

 「誰、あんた!」


 志信しのぶは耐えきれず悲鳴のような声をあげた


「は、た、た、竹丸たけまるじゃ」


竹丸と名乗ったその影は、尋常じんじょうならざる志信の形相ぎょうそうに息を飲んで、二、三歩下がった。


志信よりもやや背が高い、陽に良く焼けた細身の若い男である。


その男は一瞬で、気を取り直し体勢を整えた。

それは付け焼き刃の志信とは違い、手慣れた狩人のそれだった。


片やかんざしを片手に中腰になった女。

片や脇差しに軽く手を置いた男。


それが、ジッと睨み合う。


黒のレギパンに黒のウォーキングシューズ

大きめのグレーのパーカ


頭の上に乗った長細いお団子。


ぬしは、志能備しのびか?」


「え?」


志信は驚いた。


「なんでアンタ、私の名前を知ってるのよ!


あ!捜索隊?

紗凪さなに会ったのね?!」


「え……」


「やだ〜、ああ、助かったぁ〜」


クタクタと志信はその場に座り込んだ。





「そうか……志信か」


竹丸は笑って、そのあたりに落ちていた枝に、器用に小刀でササクレを入れたものを、小さな山のように積んで行く。



「うん」


志信は竹丸の手元を見ながら、照れたような笑顔を返した。


くしゃみを連発した挙句に、鼻水をすする志信に、竹丸は手際よく焚き火をく準備を始めてくれた。

(アウトドアが得意なんだ)


感心したように眺める志信に、竹丸は微笑みかけた。

「もうしばらくじゃ。待たれよ」


竹丸がふところから黒い袋を取り出し、薄いベージュのワタを木の山の上に置いて、カチカチと石を鳴らし、原始人みたい火をつけ始めた。


えらく本格的だ……


しかし


この一歩、間違うと風邪を引くかも、という状況で、趣味に走られても困る。


「もう、そこは普通に火をつけようよ〜!」


志信は笑って、使いすてライターで、ほぐしてんであるがま穂綿ほわたに火をつけて、木の皮と細い葉に火を移した。


一気に朱色の炎がボッと立った。


白い霧の中で、そこだけ生命の世界が戻ったような安心感が生まれる。


(昨日、紗凪と花火をした後、持って帰っててよかった)


顔を上げると、竹丸は驚いた顔をしていた。

丸い子犬のような目を更に大きく丸く開けて、大きな口までポカンと開けている。


「すごいの、志信は……」


「え、そんな事ないよ!竹丸の下準備の方がすごかったよ!」




(やはり志能備しのびか……)




竹丸は小声でつぶやいた。


多分、任務中で身分を知れたくないのだろう。

(まぁ、知れておるがの。可愛いものだ)

竹丸は忍びの若い女を微笑ましく思った。

忍びの女のクルクル変わる表情の豊かさは、竹丸の心を惹きつけた。



 (何、またブツブツ言ってんだろ?)

志信は竹丸を、面白そうに見た。



麻のサルエルパンツに、甚平じんべいの上を合わせている。

薄汚れた長い髪の毛と垢染あかじみた顔はいただけないが、まぁ、休暇を使って一人野外活動中なのかもしれない。


いや、喋り方といい、さむらいのナリキリちゅうかもしれない。

なかなか凝性オタクだね。


しかし、クリクリとした仔犬のような目が愛らしく、なんとなく「素朴なこ」という感じがする。

不思議なことに、すごくよく知っている、幼馴染の子のような親しみを感じる。


くしゅん


焚き火は空中の湿り気を払ってくれる。

でも


顔は暖かいけど、当たっているそこだけ。


ジメジメと下から湿気が背中にい上って、体の芯の冷えが、なかなか取れない。


「志信、寒いか」


志信のくしゃみに斜め横に座っている竹丸は心配そうな顔をして、腰に付けていたひさごを投げて寄越した。


「これを飲め」


小さな放物線を描いてそれは、的確に志信の手の中にポンと落ちて来た。


「何これ」


「にごり酒じゃ」


「あ〜、ありがと」



かぽん


口に詰めてある木の栓を開けると、リュックから出したマグボトルに遠慮なくドボドボと注ぐ。


プンと発酵した米の良い香りが立った。


それを竹丸がジッと見つめている。



その視線に気が付かず、志信はご機嫌で口を付けた。

(げ?甘酒?)


何となく、辛口をイメージしていたが、どろりと白濁はくだくしたそれは、味醂みりんのような味がした。


アルコール度数も割と低そうだ。

どちらかといえば、甘酒ジュース。


(でも、悪くないね)


甘味が疲れた体をいやしてくれる。


クッと一気に飲み干す。


もう一回注いで、瓢を千丸に投げ返す。


瓢はクルクル回りながら、焚き火の横を斜め飛んで、竹丸の向こうへ行ってしまった。

が、竹丸は長い手を伸ばして綺麗にキャッチした。


何気なにげに格好いいじゃん)


志信はニヤッと笑った。


「ねえ、竹丸って、幾つなの」


「身か?身は、もう十五じゃ」

口に含んだ酒をうっかり吹きそうになった。


(げ、DC(男子中学生)かDK(男子高校生)かよ)

落ち着いて見えるから、ひょっとして同年か下手したら年上かとも思ったら……



それが酒を持って歩いて良いのか?


竹丸は、志信のとがめるような視線を全く意にかいさず、ぽんと瓢の栓を取ると、グビグビと喉に流し込んだ。


(あ……未成年のくせに飲んでるよ。まずくね?)


するりと瓢を持った手の甲で、流れるように濡れた唇をぬぐった。



もの慣れている……


ちょっと色っぽいなんて思った。


思いの外、不良かもしれない。

ソロソロと身を遠ざける。


「志信は幾つか」

小さな焚き火の炎が踊るのを映す黒い瞳で、ジッと志信を見据みすえて聞いてきた。


この、ジッと人の目の中をのぞき込むように見つめるのは、この子の癖なのだろうか……


まるで心の奥底まで、見通そうとするようだ。


(何か…ドキマキするわ)


「私?私は22……」


ちょっと口ごもるようにして志信が言うと、今度は竹丸が、「え」と目を丸くした。


「何よ、その顔」


なんとなく気まずくって睨み付けると、竹丸はポッとまた顔を赤くした。


竹丸はすぐに顔が赤くなる。


(やはり純情な子なのかな……)


「いや、同い歳くらいかと思うた」

志信は心の中で首肯うなずいた。

(私もそう思った……)


「一応、言っとくけど。女性に歳を聞くのって失礼だからね!」

年上の威厳を持ってきつい口調で言ってみると、

「そ、そうなのか。それは知らぬこととは言え、すまぬ……」

竹丸は頭を下げて素直に謝った。



(他の女と比べて、とても、とても左様な歳には見えぬ)

竹丸は、また赤くなった顔を下に向けて思い巡らせた。


表情の豊かさにも加え、何と見目麗みめうるわしい女子おなごであろうか。


頭の回転も早く、はっきりと物申す様子も好ましい。

このような女子は会った事がない。


ああ、どうしよう……


(一目で気に入ってしまった!)


母上の申された通りだ。

運命の相手は一目でわかる。


しかし先程、父の城の奥御殿で、傅役もりやくじいと乳母がはかりごとをしているのを聞いてしまった。


「竹丸様は正室の大方様に遠慮し過ぎじゃ。放っておくと嫁取りなど出来ぬ」

「元服を機に願い出て、早目に良い縁組をまとめて貰い申した方が良いのではないか」


あの二人のことだ、今頃、父に願い出ているかもしれない。


これは早いところ何とかせねば、勝手に縁組を決められてしまう。



(いい?僥倖ぎょうこうの天女は前髪しかないの。一期一会なのよ)

母の声がよみがえる。


(母上、身は天女の前髪を掴む)


竹丸は、側にいる美しい忍びの女を我が物にしたいと強く願った。

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