メルティ・ブルーミング・ボム

あめのちあさひ

メルティ・ブルーミング・ボム

 仕事を辞めることにした。金曜日の夜、限界だった。逃げ帰るようにかすれた声でおつかれさまでした、またらいしゅう、と挨拶してオフィスを出た。この時点でもうつぎの営業日はないわけだと決意していたのだが。ザマァみろ。さよならだけが人生ならば、人生なんていりません。このままでは殺されてしまう。労働者の権利が向上に向上したかに見えたこの時代、法を盾に居直る不良社員の増加に対するバックラッシュにより、パワー・ハラスメントの猛威が戻ってきてしまった。職務にあたっている管理職はみな竹刀をもっている。居眠りをして打たれるのではない。上官の気分しだいで打たれるのだ。ミノフスキー粒子が散布された職場内では自前の電子機器が障害を受け、職場のパソコン以外の通信は不能となり、パワー・ハラスメントの記録ができない。結局、時代が下っても労使の力関係は一進一退、というよりも常に使われる側が弱いままだ。僕の職場はまだ帰宅が許されるぶんマシだったのかもしれないが。「ありがとう」と言い続けた社員は軟弱に育ち「バカ」と言い続けた社員は屈強に育つ、という社員教育方針のもとで育てられた。しかし僕は屈強になれていないが。会議のたびにテープ回してへんやろな? を確認される。同僚は今月に入ってもう三人こと切れた。有給休暇の取得申請書の取得事由欄には「私は敗北主義者です」と書かされる。営業成績ノルマ線の下側をあの世と呼んでいた。脱走社員は後を絶たないので、会社には憲兵隊が組織されている。逃げても捕まったらおしまいだ。来週、無断欠勤が発覚した瞬間に追っ手が差し向けられるだろう。土日を使って逃げ支度をしなければならないが、そんな気力もわかなかった。捕まって死んでもいいかという諦め。

 せめて人生最後に女の肌を味わいたいと思い、僕はペロ子ちゃんに連絡をとった。


 二、〇〇〇万円を貯める気とか一切なくってさ、無理でしょそんなん。老後に自分と同じように貯金が十万円くらいしかない老人二〇〇人が集まって、バトルロイヤルで戦って、最後まで立っていたひとりが「総取り」すればいいと思うんだよ。だからさ、「老体でいかにして一九九人を屠るか?」を考えるために『バジリスク』を読むほうがいいだろう。知ってるかい? 山田風太郎原作の小説のマンガ版なんだけど。忍者マンガにはたいがいすげえ強い老獪なジジイの忍者がでてきてさ。そんなふうになろうってわけ。 だからさ、この先は忍術を習得しようと考えてるんだよね。身体を鍛えても老いれば十全には動けないからね。策を凝らして戦おうと思う。一九九人を斃して余生を過ごすんだ。僕の糧となる一九九人に敬意を表するために、一九九種類の弔いの花を考えて、添えてやろうと思うんだ。戦闘方法はまだなにも検討できていないけどね。


「ペロ子ちゃん、きいてるかい? いま老後を生き抜く生存戦略について真剣に話しているんだが」

「きいてないよ」

「きいてよ」

 ペロ子ちゃんはいつもスマートフォンに夢中で、僕のはなしを真剣に聞いてくれないんだ。今日も誰かと連絡を取ろうとしてうまくいっていないようだ。

「そんなことよりね、こないだまたひとり新しいホストとナカヨシになったんだよ」

「相変わらずゴミクズなエロ娘だね」呆れる。

「でも今日そのホストにドタキャンされてね、○○さんを呼んだけど来てくれなくて、しかたなくヒマしていたら旭くんから連絡がきたから、会いに来てもらったの。でも○○さんが一番好きなの」

「あ、そっすか。まぁ、いつもどおり三番手でいいよ」

寝転がって余裕ぶる。いまさら嫉妬は感じない。僕はいつも誰かの一番になれたためしがないんだけど、このようなユルいかんじ応じてくれるのは、かえって気楽なものだと思う。自分が誰かの一番になれるんじゃないだろうか、なんて夢みるのはやめたので。

「ペロ子ちゃんはクソみたいな男遊びはするくせに、僕のことを好きになってくれないね」

「会ってるうちは好きだよ。今だけ旭くんのことが好き」

「今だけでも嬉しいな」

 こんなふうにお互いを雑に扱い合える関係ってのはとてもステキだと思うのだ。今だけ好き、はお互い言い合う言葉だけど、このせりふはいちばん気に入っている。ずっと誰かを好きで居続けることなんてできないし、それならいっそこうやって、全体として意味の集合であるところの人生から、会った瞬間だけ微分して好きだと伝えてくれればよい。嘘でもいいので好きだと言われると嬉しい。僕のことをすべてわかろうとする気なんか最初からなくて、都合のいいところだけしっかりわかってくれているのがよいのだ。僕は辛気臭いのが嫌いだし。日本の未来も自分の将来もどうでもよい。バカみたいなことや、人の悪口で盛り上がれられればそれでよい。正義や善悪よりも、好き嫌いの話ができればよい。僕もペロ子ちゃんのことはよくわかっているつもりだ。

「旭くんはわたしのことをぜんぜんわかってくれてないよね」

「あれっそうかな?」

「旭くんはコミュニケーション能力が低いからね」

「あんまり舐めた口をきくとしばくよ」

「殺せるものならはやく殺して」


  出会い系

   マッチいっぽん

    火事のもと


 これは僕が作った句だ。江戸時代に編まれた川柳集『誹風柳多留』から恋愛や性愛についての句を抜粋して編み直した川柳集『排風末摘花』という書籍があるけれど、もしも江戸時代にスマートフォンがあったならば、この句は間違いなくそこに収録されていたことだろう。出会い系アプリでよくあるシステムは、画面上に次々と出てくる相手(異性に限定したものでなく性的指向の設定ができる)の写真を見て、気に入る・気に入らないの評価をつけていき、相手も自分を気に入る評価をしたならばマッチが成立、そうするとメッセージのやり取りができるようになり、あとは良いようにメッセージのやり取りを通して仲良くなり、煮るなり焼くなり好きにしろってわけだよ。無料版には気に入る評価をできる数に制限があったり相手のプロフィールがじっくり見られなかったりするが、課金するとそういった制限がなくなっていくのだ。うさんくさいアルゴリズムだよね。お金をかければ女に出会える確率が高くなるかのような気がするがここにはトリックがあり、性別によってメッセージの送られる数には非対称性がある。要するに、マッチしても、男のところには待っていても女から連絡は来ないんだな。そもそもおもしろい女は出会い系アプリなどやっているひまがないはずであるから、出会い系にはおもしろい女はおらず、原理的に出会い系でおもしろい女とマッチするわけがない。まぁ、おもしろいかどうかはひとによるから、これは異論があるかもしれない。絶対いないと思うけど。

「旭くんは本当につまんないひとだね」

「ペロ子ちゃんの基準で採点したんじゃ、この世におもしろい人間はいないよ」

「それでも旭くんはダントツでつまんない」

 まぁそんな冗談はどうでもよくって、ひととの関係性について考えたい、ってことだ。人間関係ってのは本来、お互いの気に入る部分と気に入らない部分を受け入れたり拒絶したりを繰り返して、妥協したり、より良い関係を築けたり、やっぱりだめだったりしていくわけジャン。最初はムリだと思っていた相手が受け入れられるようになることがあるのは、会話をしてお互いの思考を弁証法的に高めて関係を築いていくものだからだろう。それをさ、マッチするか否かという真理値判定から始めようというのがまず僕にはムリっぽくて、さらにいうとメッセージのやり取りもリプライのし合いも会話ではない。出会い系だけじゃねえや、ツイッターでもミクシーでもなんでもいい、インターネットのサービスにおいて文字列を額面的にしか受け取れない「ターン制」の応対を繰り返すのは本当に疲れる。これはマッチした女との応対が噛み合わないことへの八ツ当たりで書いているわけではない。

 対面あるいは電話での会話はリアルタイムで相手の思考を書き換え合う行為だから、パーソナルスペースのように相手によって許せる距離感が違ってくるけれど、距離の取り方を変えることで付き合い方を変えることができるわけだ。嫌いな相手とでも「それなり」の付き合いができうる。文字化されたやりとりは受け答えにターン制を強いられることでどんな相手ともフラットな対応をしなければならない。いやになったらブロックあるいは無視することはできるけれど、そこに「それなり」性はなくて、断絶が生まれる。会話も一見お互い相手の言うことを聞いて返事を考えるわけだからターン制っぽく思えるけれど、相手の言うことを聞きながら、あるいは自分がしゃべりながら話す内容がどんどん書き変わっていくところにリアルタイム性があって、このリアルタイム感覚を共有できる相手とは会話が弾んで楽しみが生まれるのだと思うのだ。まぁ、逆にいやな会話をブロックできないのがリアルタイム会話のしんどさなのだろうけど。ターン制ってことでいうと、インターネット以前の手紙のやり取りも同じような齟齬というか、うまくいかなさってものがあったと思うんだよね。太宰治の往復書簡体小説『風の便り』はそのうまくいかなさを揶揄した内容だと思うんだけど、僕は手紙のやり取りしたこともないし、ほかにエビデンスはないな。


 なんて、出会い系の悪口をたくさん書いたけど、ペロ子ちゃんとは出会い系アプリで出会ったのだ。僕は現実世界に友達がおらず、家族との縁も薄くなってしまって、それでも他人を求めてインターネットの世界にどっぷり浸かってあらゆるサービスでコミュニケーションを試みている。ほとんど上手くいかないけれど。

 ある日、まいにち寂しいです、いちごでいいですよ、といった不穏なことをプロフィールに書いていたペロ子ちゃんとマッチした僕は、どうせこいつにも相手にされないんだろうなと思いながら「ヨッ不良少女! 『三体』読んだ? おもしれえぞ~」とだけメッセージを送った。あわよくばSF小説『三体』のなかで個人的に一番熱かった、VRの始皇帝の時代で論理演算を構築するシーンについて語ろうと思っていたのだ。だけど送られてきた返信には「朝ごはん食べてるだけで彼氏にぶん殴られたんだけど、どうしたらよかったの」と書かれており、それに対して僕が「超ショックだね、朝食だけに」と返したのがウケて仲良くなったのだ。ひとは何がきっかけで縁ができるものか、わからないもんだよ。


 付き合っているうちにペロ子ちゃんは世界で一番性格が悪い女だということがわかってきた。初めて会った日には、これまで関係を持った男の局部の写真を見せてきて「笑えるくらいおっきいでしょ」「笑っちゃうね」そうして、その大きな棒のメタファーを考える遊びを続けた。「自走榴弾砲」の発見が一番よかったな。

 

でも、ペロ子ちゃんはバカなやつだ。

 十二使徒の一人でディディモと呼ばれるトマスは、復活したイエスがやって来たとき、他の弟子たちと一緒にいなかったため「イエスを自分の目で見るまでは信じない」というようなことを明言したそうだ。ペロ子ちゃんは、僕がさんざん諌めていたのも聞かず「あのひとの人柄は自分の目で見て確かめるからほっといて」と言って、たびたび、みすみす、クソ男のところに行き、男の都合で経済的にも性的にも搾取される奴隷になっちゃうのだ。懲りずに何度も。

 どうしてこんなバカなことが起きるのか? 自分の目で見たものってそんなに信用に足るものだと思っているのか? 見えていないもののほうが大きいとは思わないのだろうか? これらの「どうして」を考えていてふと思いついたこと、見たものを信じるか否かという考えかたと視力には関係があるんじゃないか。僕は自分の目で見たものだからって容易には信じることができないんだが、それは小さいころから近眼だったためかもしれない。見えていると思うより、見えていないと思うことほうが多かったんだ。彼女はなまじ視力がよかったから自分の見ている世界がそのまま「真実」であると思っているのかもしれない。目の前のことが鮮明に見えてしまっているから、見えていない部分のことを考えたことがないのかもしれない。まぁ、視力検査をしたわけではないので確かではないかもしれない。イエスは【ワタシヲ見タカラ信ジタノカ。見ナイノニ信ジル人ハ幸イデアル】と言った。

「きみもキリストになるべきなんだよ」とアドバイスをしたが、「わたしはマグダラのマリアだよ」と返された。


「旭くん、またナマ傷が増えてるよ」

「あぁ、背中ね、仕事で契約が取れなくて、懲罰課長から鞭を打たれたんだ」

 契約を取れなかったのは僕のせいじゃない。営業部の同僚が僕の取引先を射殺したから案件自体が消滅したという理由があったのだが、そんな事情を懲罰課は酌んでくれなかった。

「痛い目にあってまで働くことないと思うけどな」

 ペロ子ちゃんは感情のこもっていない声で慰めてくれている。

「実はね、会社を辞めるんだ。脱走でね、バックレがバレたら即日にでも追っ手がくるだろう。もう会えないかもしれないね」

 こんなダサいこと言わずに黙って去ったほうが良かったかな。

「ふーん」というペロ子ちゃんの無感動に対してちょっと腹が立ってしまったのもダサいよな。

 やっぱ僕の将来が消えるかどうかなんて興味ないよね、と言おうとしたとき、

「そんなに嫌いなら、会社ぶっ壊しちゃおうよ。私のパパがプルトニウムの濃縮プラントを持ってるからね、ちょっと優しくしたら分けてくれる。バクダンを作れるよ。嫌いなひとたちに一矢報いたら?」

 と、甘い息を吐きながらささやいてきた。

 絶句して即答できない僕にたたみかけてくる「いつやるの」に対して、かすれ声で、いまでしょ、と答えながら抱きしめる。ペロ子ちゃんは口移しで合法LSDを渡してきて、そのまま舌を絡めて熱い肉と世界が混ざる胡蝶の夢に落ちていった。


 宇宙空間は生命の散った輝きで満たされていた。宇宙と融合したインターネット世界の「知恵袋」において、「仕事をバックレようかな」と相談をしているひとに対して、アンサー欄には「バックレは人間としてオカシイ」「社会人としてありえない」「子供じゃないんだから」「テレパシーで会話を」「十字架を百回重ねれば戦時下ね」なんて正論を回答しているおまえら、ほかの質問にはトンチンカンなアンサーして知恵袋ならぬ知恵遅れだなんて揶揄されてんのに、労働の話題においてのみは強気になれるんだな。不思議だよ。な。ペロ子ちゃんは耳を貸さずに天上の未来から地獄の過去を無限に繋いだ時間軸を使ってポールダンスをしている。僕は社会適合・社会不適合という言葉が嫌いでね。この夢のなかで、この言葉を否定する理論を組み立てようと思うんだよね。バックレの言い訳ですよ。精神的支柱にせんとしているだけです。「社会適合」しているなんてのは、真面目な社会人たちからのカスみたいな承認を受けているだけの状態にすぎないものだ。世のなかの多くの人間は、社会においてまぼろしのような承認をしあって生きている。さらに、承認されることを強要する。承認されるべきだと脅迫観念を与える。


  革命を夢見る奴隷がまぼろしの旗振り歩く白昼夢の日々


 お互い承認しあう世界がいごこちいいからだ。僕はそんな社会適合のまぼろしのためにシンドイ思いをするのはバカバカしくなった。逆に社会不適合というのはつまり、社会で真面目に働いて冥府魔道をいく人々から承認を受けられていない状態である、にすぎない。世の大多数はゾンビだから、ゾンビから認められないと不安になる。ってだけのこと。ここで冷静に考えてほしいんだが、ゾンビに承認されてなにが嬉しいんだ? 自分が社会不適合ではないかと悩む人たちは、一度まわりの環境を見回して、周りのやつらみんなから承認されたいかどうか考えてもらいたい。おそらくそのなかの多くは、いや、すべてが、認められなくても生きるになんら差し支えのないゾンビだ。誰からも認められず、こちらも誰も認める気が起きなければ、社会適合も不適合もないだろう。って内容で本を書いたら売れますかね? ペロ子ちゃんは僕のはなしをきかずにスマートフォンを触っている。


  通販で安く買えたわ特急で冥府魔道の片道切符


 ひところ、ツイッターでお金持ちをフォローして特定のツイートをリツイートして当選したらお金がもらえるという、ドストエフスキーの小説にでもでてきそうな遊びが流行ったことがあった。僕はもちろん目に付いたものを端から リツイートしていたが、なかにはこころが繊細なひともたくさんいるらしくって、そんな金持ちの道楽を見て「いらつく」「いやな気持ちになった」「あさましい」だのと言って、いや~お前たち、世界の富は数%の金持ちに偏っているという現実を見て見ぬ振りをして自我を保っているくせに。それともまさかそんな現実があることを知らないのか? 僕は現実を知りたくないので正確な数字を知らないが? あるいは労働基準法違反の超過勤務をして苦しみながら「不法な」お金をもらうために働くことは我慢はできるのに、他人の道楽には我慢ができないのか。「殿のお戯れが始まったわい」くらいの気持ちでいられないんだろうか。暗君の理不尽な上意討ちに対して生命倫理を問うくらい無意味だよ。無駄無駄。金持ちはあらゆることをするし、金の亡者はお金のためになんでもするし、お金に群がるひとたちは難しいことを考えていないよ。【家畜が餌を食うことは家畜自身のよろこびであるからといって、それが資本の再生産過程の一環であることに変わりはない】というのは『資本論』の言葉だったか? それとも聖書か? キリストが「ちがうよ」って言っている。どっちでもいいんだけど、我々はみずからが精神的に高尚な生き物だとか勘違いをせず、家畜であることを思い知って金持ちにへつらうのがいいと思うよ。ペロ子ちゃんが「わたしはマグダラのマリアだよ」と言った。ヘンデルのオラトリオがあたまの中に流れてきた。


  人生の天気予報は明日から豪雨が晴れて雨のちハレルヤ


 精神は高揚し余裕に満ち溢れていた。短歌を投稿するサイトに自信作を書き込んで、いつものごとく誰からもなんの評も得られなかったが、なんせ余裕なので「こいつらは僕の才能を読み取れない愚か者だな」と冷静に分析することができた。 ペロ子ちゃんは服を着始めている。


 いちにちで爆弾は完成した。ペロ子ちゃんのパパ活により濃縮したプルトニウムは手に入り、起爆に必要な火薬はコンビニで購入した花火から取得した。本体は町工場のプラントで組み立てられ、爆縮のタイミングはノース・コリア共和国の軍事サーバーにタクティカル・アクセスしてアルゴリズムをゲットすることで演算装置を完成、爆弾は花柄のお弁当箱に詰めて偽装されている。ペロ子ちゃんから受け取ったお弁当箱は、ずっしりと重金属の重みがした。あとは何食わぬ顔で出社して爆弾を設置、電源をいれて起爆コードを入力したら設定した五分のカウントの後に炸裂し悪徳企業は灰燼に帰し、退職は完了する。


 爆破退職決行の当日は朝から大雨が降っていたけれど、槍が振ろうとも僕の退職は止まらない。午後からは晴れる予定だ。僕が晴らすんだ。爆弾設置の前に退職届を送ってやろうと思った。僕は高校生の時に法律バトルまんが『カバチタレ』を読んで以来、いつか内容証明郵便を送ってみたいと思っていたのだ。「配達証明は付けますか」「お願いします」二郎系ラーメンのトッピングみたいにオプションマシマシの郵便を送った。これで法的にも僕の退職は盤石に認められる。特殊業務課長から「今週ノルマ達成しなければ死んでもらいます」とふざけたメールが来ていた。これからおまえが死ぬんだよ。忌々しいオフィスビルのエレベータに乗る。六六六階特殊業務課の見慣れた自席、血痕のこびりついたこのフロアはまもなく消滅するのだね。九回裏の逆転サヨナラ満塁ホームランだよ。一瞬だけこれでいいのかなという考えがよぎったが、僕は冷血冷酷クールビズな人間なので、慈悲はない。

 

 そうして、人生大逆転勝利のスイッチを押した。


 旭くんはあまちゃんすぎるな。わたしが世界で一番性格が悪い女だと知っていたはずなのに、どうして信じてお弁当を持って行っちゃったんだろう。ホントはプルトニウム製の爆弾じゃないって、最後まで疑わなかったね。あのスイッチは押したが最後、熱電磁波を発して火災報知機を異常暴走させる。ほどなくあのビルに待機している機甲警備兵に旭くんは囲まれるでしょう。お弁当箱には爆弾の代わりに拳銃を入れておいたの、気づいてくれるかな。劣化ウラン弾を装填した拳銃だから、闘えるはずだよ。旭くんは自分ひとりのちからで戦い抜くことを経験するべきなんだ。これは男らしさとかじゃなくて、意地を見せられるかという問題だよ。余計なお世話かな? この死地を切り抜けてこれたら、こんどは夜だけじゃなくて、ほんとに好きになってあげるからね。でもそのとき、あまちゃん旭くんは嘘をついたわたしを許してくれるだろうか? まぁ、殺せるものならわたしのことを殺してくれていいよ。ブーゲンビリアの花が咲いている。花言葉は、グーグル検索によると「情熱」だという。いま旭くんに一番必要なものだね。武運つたなく討ち取られちゃったら、君にはこれをそなえてあげるね。

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メルティ・ブルーミング・ボム あめのちあさひ @loser_asahi

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