第38話 破壊された魔導書

エルフ。長く尖った耳を特徴とし、総じて整った顔立ちをしている。中空から見下ろしているのは、二十歳ばかりの女性だった。

白磁のように美しい肌だが、しかし今は眉間に皺を寄せ、厳しい眼差しを下界に向けている。


「ほとほと呆れたぞ、人間」


叫んだわけでもない。だがその清雅にして厳格な声音は、不思議と絢理の耳に届いた。

その声に呼応して、エルフの存在に気づいていなかった周囲の者たちも、一斉に空を見上げる。

地上からの視線を集める中、エルフは続けた。


「許し難い所業だ。昨夜、大森林ヴィスガルドに侵入した貴様ら人間の手によって、我らエルフの秘宝・魔導書ベラルダが破壊された」


ヴィスガルド。確か、ファーデンと隣接するエルフの暮らす大森林だ。

そこへ何者かが侵入して、狼藉を働いた。それを彼女は咎めているようだ。

しかしフーゴは天に視線を向けたまま、その罪状に眉根を寄せる。


「んなこと、できるわけねえだろうが」


小さく呟かれた反駁に、絢理が疑問を返す。


「そうなんですか?」

「試したことはないが、厳戒態勢の王宮に単独で忍び込んで王冠を盗み出す方が簡単だよ、多分な」

「無理ゲー……」


しかし彼女は、事実としてそれを咎めている。事態を把握できないのは周囲の者も同様のようだった。皆一様にポカンと口を開け、身に覚えのない罪状を他人事のように聞いている。

だが、突然のエルフの糾弾は続く。


「明日まで猶予を与える。明日正午までに罪人を差し出せ。でなければ、我らエルフはファーデンとの一切の交易を断つ」


一方的な宣言に周囲がざわめき出す。困惑と焦りの声が多いが、まだ、現実味を帯びていない。態度を決めかねる者がほとんどだ。


「ファーデンの人口 何人だと思ってんだ……」


そのフーゴの苦言が聞こえたわけでもなかろうが、


「我々は本気だ」


躊躇の素振りなど一切見せることもない。エルフは淡々と、一枚の紙片を取り出した。


<続>

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