第33話 路地裏の睨み合い
◆
「お嬢ちゃん、どうしたの?」
迷子になって途方に暮れていたが、やれやれ捨てる神あれば拾う神ありである。
女性から話しかけられた。柔和な笑みを浮かべた、身なりのいいご婦人だった。事情を話した絢理を、宿まで送ってくれるという。
絢理は安堵した。全力疾走が徒労に終わり、情報らしい情報は掴めず。モヤモヤだけが残った。この疲労感を癒すには一刻も早く宿に戻って寝室のベッドにダイブする必要がある。
道行も分からないまま右往左往する気力はなかった。
つまり実質、絢理に選択肢などなかった。なかったのだ。
「だから思うんです」
と、絢理は自身を労るように、あるいは言い聞かせるように言う。
「親切にされたからって、知らない街で知らない人にホイホイついていってしまった私の判断力が鈍っていたのも、仕方のないことだったんだって」
遠い目で絢理は誰にともなく言い訳を放つが、まず目の前を何とかせねばなるまい。
まず、身なりの良いご婦人の浮かべている笑みは、もはや柔和なそれではない。獲物を前に舌なめずりする、獣のそれである。
次に、ここは人目のつかない路地裏である。幅は広く五人程度が両手を広げて並んでもぶつかることはあるまいが、薄暗い。ちなみに背後は袋小路である。
それなりに幅広の路地にも関わらず絢理が追い詰められているのは、道案内の女性のほか、屈強なナリをした悪漢五名、道を塞いでいるからに他ならない。
両手を上げて抵抗の意志がないことを示しつつ、絢理は嘆息する。
「どうしてこう次から次へとトラブルに巻き込まれるのか……安全だった日本での日々が恋し……いやその日本で過労死したのか、安全かそれ?」
「ごめんなさいねお嬢ちゃん。はじめは有金を奪うくらいのつもりだったの。でも宿泊しているのがあのエーデロクソスとあっちゃあねえ。貴族御用達の超高級宿。人質として脅せばいくらになるのかしら」
「私貴族でも何でもないんですけど、信じちゃくれませんよね」
「まあね。確かに温室育ちにしては顔に苦労が滲み出てるけど」
「うっせえ放っとけです」
つまり騙された。
実際、異世界に来てから最大のピンチである。護身用に数枚の魔法陣は持参しているが、多勢に無勢。切り抜けられる自信はない。
悪漢たちの中には、素手もいるが、ナイフを持つ者もいた。
「おとなしく人質してた方が助かる確率高いですかね……」
タビタに凶報が届けば、彼女のことだ。一も二もなく救出に参じることだろう。
しかし護衛が主人に助けられるほど間抜けな話もない。
絢理がとるべき態度を決めかねていると、
「いけすかねえな」
と、新たな声が闖入した。
今度は何事だ、と多少げんなりする。その声の介入には悪漢らも想定していなかったようで、一斉に振り返った。
視線の先、男が飄然と立っている。
ざっくりと切り揃えた黒髪。吊り目がちな黒瞳は値踏みするようにこちらを睥睨している。口元に浮かべるニヒルな笑みは飄々として、楽観的な印象。
黒づくめの服装に身を包むシルエットは長身痩躯といえるが、筋肉も相応についているのだろう、どこかの魔法書士とは異なり、頼りなさは感じない。
左手を腰に当て、右肘は路地の壁をついている。買い物ついでに気になって、ふらりと声をかけた。そんな様相である。
「よってたかって未成年略取とはな」
いけすかねえな、と男は繰り返す。
「てめえ、フーゴか」
悪漢の一人が舌打ちして前に出る。
「俺らの獲物を横取りしようって腹か。相変わらず稼ぎ方がコスいなてめえは」
「おたくらが稼ぎ方どうこう言えた義理かよ」
男ーーフーゴが鼻で笑うと、ぴりっと周囲の気配が緊張を帯びる。悪漢たちが腰を落とす。すぐにでも飛びかかっていきそうだ。彼我の距離十メートル程度。きっかけ一つで、すぐにでも戦える距離。
女が肩を竦め、その緊張に割って入った。
「はあ……フーゴさんと言ったかしら。私たちだって無意な争いは好まないわ。そうねえ、ここで出会ったのも何かの縁。この上玉を金にしたら、貴方にも分け前を渡す。これでどう?」
「おいカミーラ! 勝手に決めんじゃねえ!」
吠える悪漢を、しかし女は嗜める。
「良いじゃないの。分前の等分が一つ増えたところで、大した違いじゃないわ。それに、うちの木偶と面識があるんなら貴方もこっち側の人間でしょう? 聖人君子じゃあるまいし、取引の一つもできるでしょうよ」
女は半眼でフーゴを観察し、分析を続ける。
「この状況を見て一人で喧嘩をふっかけられるっていう時点で、それなりに腕は立つんでしょうし。お互いに無駄な怪我をするくらいなら、金で解決した方が利口でしょう」
持ちかけられた取引に、フーゴは鼻を鳴らす。
「お褒めに預かり光栄だね。俺も話し合いでの解決は嫌いじゃない」
「なら交渉成立かしら」
「ただ一つ確認しておきたいんだが」
<続>
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