第12話 金髪美少女の正体

「あら、気が付いたわね」

「……金髪碧眼美少女とか、反則かよ」


こちらを覗き込んでくる美少女に、譫言のように呟く。


「憎まれ口叩けるなら大丈夫ね。お水持ってくるわ」


彼女は苦笑しながら立ち上がり、視界から消えた。

どうしたんだっけ。絢理は霞がかった思考で周囲を観察する。

絢理は脱衣所に寝かされていた。下にはバスタオルが何枚か敷かれていたが、あまり寝心地は良くない。

服は着せられているが、ボタンなどは緩められている。

ゆっくりと起き上がり、差し出された水を受け取る。


「のぼせてましたか」


つまり、そういうことらしい。


「盛大にね」

「それはご迷惑を」

「いいのよ。随分疲れてたみたいね」

「そう、ですね……」


人生史上最高に疲れた一日だった。しかしまさか、のぼせて倒れてしまうとは。

冷たい水が咽喉を過ぎて、全身に沁み渡っていく。


「これからはあまり、疲れを溜めずに生きていきたいものです」

「変なこという子ね」


隣に座った美少女が微笑む。

彼女には迷惑をかけっぱなしだった。


「何かお詫びさせてください」

「別にいいわよそんな」

「いえ、大人の端くれとして何か是非」

「大人ねえ」


彼女は笑みを深めつつ、顎に指をあてて考え始めた。中空に答えを探すように視線をさまよわせていると、やがて何かを思いついたようだ。

絢理へと視線を転じて言うことには、


「じゃあさ。服、交換してくれない?」

「? 何故です」


善し悪しの前にまず疑問が浮かんだ。

彼女の着ている服は生地もしっかりとしているし、細かい細工も施されている。

どう見てもそちらの方が高価だ。


「理由は秘密」


いたずらっぽく舌を出す、そんな仕草さえ様になっている。

絢理は少しの間逡巡したが、それで多少なりとも借りを返せるのなら安いものだろう。


「分かりました、良いでしょう」

「決まりね」


快活に言うと、彼女は絢理と服を交換した。

絢理の服は窮屈そうだったが、別段それを気にした様子もない。

逆に絢理にとって彼女の服はオーバーサイズだったが、腰回りがぴったりだった悔しさはまた筆舌に尽くしがたい。


そうして、二人は浴場施設の前で別れた。

別れ際にもう一度礼を告げたが、彼女は気にする素振りもなかった。


「じゃあね。縁があったらまた会いましょう」

「ええ、少なくともあと一度は会うような気がしますよ」

「? そう?」


何となく、絢理には女神の正体が分かるような気がしていた。

美少女にして、剣の腕も一流、街の人に顔の利く貴族令嬢と言えば、自ずと絞れてくる。


その予想が確信に変わったのは、帰路のことである。

騒がしく街を歩き回る衛兵に声をかけられた。


「あ! お嬢様こんなところに――あれ、違う。タビタお嬢様はこんなちんちくりんじゃないか」

「誰がちんちくりんですか誰が」

「ああ、すまないお嬢ちゃん。探し人に似ていてね。どうした? 迷子かな?」

「子ども扱いしねーでくれますか……ッ」


そう。彼女はタビタ――タビタ・エックホーフに相違ない。

理由は判然としないが、家をお忍びで飛び出してきたのだろう。

だからこそ追っ手を攪乱するために服を交換した。


「良い性格してますね全く」


オルトのクライアントが彼女であるならば、明日また、会うことになる。

宿に戻ってきたころには、既に23時半を回っていた。

絢理はベッドに沈み込む。そうして社畜は思うのだった。

日付が変わる前に布団に入れたのは、何か月ぶりだろうかと。


<続>

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