第7話 うるさいエレメンタル

「やいやいやい! お前さんか! 考えなしのポンポコピーは!」

「……何ですかこれ?」


手のひらサイズの生き物が、絢理の目の前で凄んでいた。

蜥蜴のような顔を持ち、細い体躯は葉で出来た衣服を纏っている。背中にはパタパタと虫のような羽根を羽ばたかせていた。

どうやら怒っているらしいが――


「虫けら?」

「おおう……虫と言われたことはあるけども、虫けらは酷い……」


絢理の総評に、虫けらは肩を落とす。

意気消沈する虫けらを代弁するように、オルトが口を挟んだ。


「珍しいな、エレメンタルじゃないか」

「えれめんたる?」


理解を示すオルトを加勢と見たのか、虫けら――エレメンタルは勢いを取り戻した。

羽ばたきを強くしながら、小さな指先を絢理の鼻先に突きつける。


「おうよ! お前さんが考えなしに魔法を使うから、こちとら過労死寸前だ!」

「触るんじゃねーです」

「おふっ」


それこそ虫を払いのけるように、絢理はエレメンタルを叩き落とした。そのまま落下していくかと思いきや、エレメンタルは弧を描いて戻ってきた。


存外にしぶとい。しかしダメージはあったのか、少し落ち込んでいるように見えた。


「……お前さんには対話をしようという平和的な思想はねーのかい」

「そちらが先に喧嘩を売ってきたんでしょうが」

「いーや! お前さんがマナを消費し尽くしたのが先だろうが!」

「ウザい上に意味不明なんで解説願いますノッポさん」


埒が明かない応酬に匙を投げ、絢理はオルトを振り返った。


「いやまあ、成程ね」


あとノッポじゃなくてオルトだから、と訂正が入りつつ、意味不明なやり取りを横目に得心したらし

い彼は解説を始めた。


「僕らが魔法陣を発動するには、マナを消費する必要があるんだ」

「まな?」

「大気中に漂う、目に見えないエネルギーみたいなものだね。そのエネルギーを消費することで、僕らは魔法を使えている」

「この虫がマナ?」

「――を、媒介する存在だね。エレメンタルが魔法陣を読み取って、その力に見合うだけの必要なマナを接続してくれているんだ。そうして初めて魔法は用を成す。だから僕らが魔法を使えるのは、彼らエレメンタルのおかげ」


エレメンタルが気をよくして胸を張る。

何となく腹が立ったので叩いておいた。


「コンバーター的なものですか」

「こんばーたーが何かは分からないけど、実のところ仕組みは解明されていないんだ。彼らエレメンタルもまた、普段は目に見えないんだよ。余程のことがなければ可視化しない」

「まあ全然可愛くないですしね」

「少なくともお前さんよりは可愛いね! チビ!」


絢理は視線をオルトに固定したまま、反射的にエレメンタルを叩き落とした。


「それでまあ、さっきの四千枚の同時発動。あれが彼らの気に障ったんだろう」

「ああそれで過労死」


ようやく絢理も得心する。

どれだけの労働に相当するのかは不明だが、魔法陣の大量同時消費は、エレメンタルを消耗させてしまうらしい。


エレメンタルが懲りずに舞い戻ってきた。


「そう! 無駄遣いが過ぎた地域は、しばらく魔法は使えねーんだぞ! なぜって俺らが疲れるから! みんな平等! 独占禁止! 理解したか無知な小娘! 略してムスメ!」

「分かりましたごめんなさい以後気を付けます穿てカリュオン」


絢理は表情という表情も浮かべず、あくまでフラットに謝罪を告げながら作業着のポケットに手を突っ込む。取り出された数百枚の魔法陣が効果を発揮した。


「きゅごおおぉおおおお」


吸引力の強そうな掃除機のような悲鳴を上げながら、エレメンタルは消失した。一度に数百の魔法を媒介したため、過労で姿を保てなくなったのだろう。


消えていった空間を無感動に見据える絢理は、顎に手を当てて呟いた。


「どうやら意図に関わらず、エレメンタルは媒介としての役割を強制的に果たさなければならないようですね。論文を発表したら称賛されますか?」

「地味に新発見かもしれない……」

「貴方に地味とか言われるの屈辱ですね」

「というか、まだ持ってたんだね」

「何を言いますか。実数だけでなく予備を印刷しておくのは業界の常識ですよ」


そう言って、絢理は誇らしげに不敵な笑みを浮かべた。

ちなみに、魔法陣の攻撃自体は明後日の方向に無駄打ちされていた。


「しかし驚きですね。人間以外に言葉を話す種族がいるとは」

「え、さっきの盗賊もそうだったよ。ドワーフだったろう?」

「……」

「どうしたのさ」

「いえ、貴方についてきて正解だったなと改めて私の判断力をベタ褒めしてました」

「僕に感謝してるわけじゃないんだね……」


まあいいや、とオルトは気を取り直すように咳払い。

前方を指さす。


「見えてきたよ。エックホーフ領だ」


<続>

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