33 //発見
恋人のヴァレリーからいつものように受け取った私信から暗号化された不可解なメッセージを発見した彼は、半分信じられない思いを抱えたまま、基地司令に極秘で掛け合い、救援隊派遣の許可をもぎ取ることに成功した。
ヴァレリーの忠告を受け、気心の知れた最低限のスタッフだけに同行を頼み、彼が操縦する救難VTOL機が崩壊したアズプール基地の上空に到着したのは、離陸からおよそ十時間。まもなく夜明けを迎えようとする頃だった。
「これは……」
上空から基地を見て彼の口から最初に出たのは、驚きというよりも純粋な畏怖の思いだった。
基地の建物群を軒並みなぎ倒し、山側で白骨化した鯨の肋骨のような残骸をさらしている巨大な輸送船、そこら中がれきだらけなのに、そこだけきれいに片付けられた着陸床の跡地に、整然と並べられた百体以上の動かぬ与圧服。そして、いくつもの岩を並べて形作られた巨大な〝SOS〟の文字。
さらに、これだけの大災害が、今の今までまったくといっていいほど誰にも知られずにいたことに対する大きな違和感。
「……ヴァレリーの話は間違いじゃなかった……」
吹きすさぶディープクロームの砂嵐の中、夜明け前の薄暗がりにおぼろに浮かぶこの異様な風景から、命の気配を感じ取ることは難しい。
だが、着陸床の一番北の端、SOSの文字のそばでうずくまる二つの小さな人影に気づいた瞬間、彼の怖れは一気に吹き飛んだ。
同乗者に救助活動を宣言し、人影の上を低空で大きく二周回した彼は、二人から少し離れて慎重に直陸した。
「君たち! 大丈夫か!?」
オープンチャンネルでの呼びかけに、二人は猛スピードで駆け寄ってくると、真剣な表情で口々に何かを訴えかける。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。日本語は苦手なんだ。翻訳機能を……」
VTOLのAIに命じて、インカムに翻訳済みの音声を流してくれるように命ずると、すぐに言葉の奔流が流れ込んで来た。
『パイロットさん、お願い! すぐに飛んでください。東に!』
『おじさんがNASAの基地に救助を求めに行ったんです!』
「え? うちの基地には誰も来てないが? バギーを使ったのか?」
『だから、スクラップをヨットにして、一人で行っちゃったんです!」
「酸素も食料もほとんど持っていってないの! このままじゃ辻本さんが死んじゃう!」
「なぜ? そもそもヨットとはなんだい? それに、彼は酸素も食料も持たずにそんなことを? 自殺行為ではないか?」
二人は一瞬黙り込むと、揃って両目からポタポタと涙を流し始めた。
「だから、おじさんは私達のために……」
その後は言葉にならなかった。
ともかく、今の彼女たちに必要なのは休息だ。彼は少しでも早く二人をキャビンに収容し、暖かいスープを飲ませてあげようと、待機していた女性隊員に目配せした。
二人の話を総合すると、オジサンとやらは、まる一日近く前にここを出発している。
だが、基地に向かって地表から数百メートルの超低空を千キロ近く飛行しても、ヨットらしき姿は一向に見えてこなかった。
全行程の四分の一にあたる
「辻本さんはもっと前にいます」
きっぱりと断言する彼女に理由を聞いても、
「自分でもよくわかりません。でも、辻本さんは絶対もっと先にいる。そんな気がするんです」
と言うばかり。
その頃には、少女たちはすっかり落ち着きを取り戻していた。
二人に共通して、小学生女子とはとても思えない、老人のように達観したたたずまいと、もの寂しさをたたえた瞳があまりにも印象的だった。
祖父、父親と続く軍人の家庭に生まれた彼は、幼い日に出会った祖父や父の同僚たちと、彼女たちの目つきがとても良く似ていることがなんだかとても悲しかった。
(あまりにも多くの理不尽な死を見てきた瞳だ)
彼は、なんとか彼女たちの希望をかなえてあげたかった。
本来は二人とも年齢相応の快活さを備えていたはずで、これ以上、冷たいガラスのような無機質な表情をさせたくなかった。
(オジサンとやら、頼むから、まだ生きていてくれよ)
彼はさらに高度を下げ、両舷の観測員に向けて「絶対に見逃すな」とハッパをかける。
まもなく、観測員と一緒に左舷のバブル窓から荒れ野を見下ろしていたクミコが、突然嗚咽のように喉を鳴らした。
「……た!」
「え?」
「いた! 辻本さん、いた!」
そのまま、震える指で斜め前を指さした。
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