17 衝突/葛藤
ペネトレーターはひどくのろのろと宙を渡った。少なくとも雅樹の感覚においては。
音もなく、まるで吸い込まれるように装甲火星車の基部に消えたペネトレータは、衝突の瞬間わずかに火花を散らしただけでそのまま向こう側に突き抜けてしまったらしい。車体に大穴が穿たれ、車両ががくりとその動きを止めた以外、ほとんど何の変化も見受けられなかった。
『バカ野郎! なんでキャビンを狙わないんだ!』
「ヤツのキャビンは防弾防爆です。ペネトレータじゃ太刀打ち出来ません!」
『だからって……。早く次を! 敵に反撃のチャンスを与えるな!』
体に食い込んだ六点式シートベルトを切り刻んで運転席から転がり出た山崎は、横転したバギーを盾にするように回り込みながら雅樹の不手際をなじる。インカムに響く罵声は音が割れてひどく聞きづらい。
一方、雅樹は砂丘の頂上に立ち尽くしたまま待った。火星車の砲塔はぴったり彼を狙ったまま動かない。だが、まるで頭の芯がしびれたように、不思議に恐怖は感じなかった。
「班長、今のうちに離れて! 早く!」
『バカ! 今動いたら相手の思うつぼだ! 次を……』
「違うんです! もし俺の考えが正しければこれで……」
その時、穿たれた穴に小さな青白い火花が散った。それは瞬く間に稲妻のごとく車体全体を覆い、さらにコンマ数秒後、車両のすべての開口部から同時に真っ赤な炎の舌を吹き出して一気に爆散した。
爆風はバギーもろとも山崎の体をまるで落ち葉のごとく高々と吹き上げ、岩だらけの大地に向けて一気に叩き付ける。
「班長!」
空になったランチャーを放り出し、雅樹はケガを忘れていっさんに丘を駈け下りた。
意識を失っているらしく、うつぶせの状態のままぴくりとも身動きすらしない山崎の上半身をゆっくりと抱え起こし、雅樹は素早く与圧服の損傷を目視確認する。ヘルメットのフェイスバイザーに亀裂があった。
「山崎班長! ご無事ですか!?」
亀裂にアプリケーターで即硬性の液体樹脂を注入し、胸にあるステータスインジケーターの保護カバーをむしり取る。
「減圧警報、止まってる。あとは……」
与圧状況は回復中だ。さらに脈拍と呼吸の数値を素早く確認する。
「生きてる!」
ほっと胸をなで下ろした雅樹は、山崎の腕を肩に回して慎重に抱え起こした。そうやって歩きだそうとした瞬間、右ももに突き刺さるような痛みが襲う。
(忘れてた……)
こめかみにひんやりとしたものが走る。
太ももに特大の錐をもみ込まれるような鋭い痛みに、歩く事ができないどころか、いまさらうずくまることもできない。
「くうっ!」
唇をぐっと噛みしめ、覚悟を決めてどうにか最初の一歩を踏み出したが、それ以上はまったく動くことができなくなった。
ゆっくりと重心を戻して右足を元の位置に戻そうとするのだが、足全体がまるで石に変わってしまったかのように感覚を失い、焼けたように熱く、ズキズキと脈打つようにうずくばかり。
「メイシャン……先生! 聞こえてるか? 迎えに来てくれ!」
『どうしたの? 何かあったの?』
「あった。班長が重体だ」
『すぐに行きます。彼を絶対に動かしちゃだめよ!』
「ああ、判った」
動かさないのではなく動かせない。だが、雅樹はあえてそれには触れなかった。メイシャンの落とすカミナリが容易に予想できた。
背中にじっとりにじむ冷や汗は痛みのためだけではない。
「……さて、と」
地質調査車内の簡易診察室。シートごとくるりと診察台に向き直ったメイシャンは、予想通り苦虫を噛んだような不機嫌顔で雅樹の顔をのぞき込んだ。
「気になるでしょうから先に……」
そこで重々しく口をつぐみ、ゆっくりと足を組み直して再び続ける。
「班長は全身に軽い打撲を負ってましたが、それ以外に大した外傷はありません」
「……よかった」
「爆発の衝撃とバイザーの破損による一時的な気圧降下が原因でショック症状を起こしてたみたい。意識はあの後十分もしないうちに回復して、もう外を駆け回ってると思います。お年の割にえらく頑丈な人だわ」
最初っから小言を聞かされると覚悟していた雅樹は少しだけ安心してほっと息をついた。だが、メイシャンの表情は相変わらず渋い。
「むしろ重症なのはあなたです。辻本司令代理」
そのまま腰に手を当てて雅樹をむうと睨みつける。
「せっかく落ち着いていた足の骨折部が完全に崩れています。もはや手術をせずにこれを元に戻すことはできないし、残念ながら今はそれ自体不可能な状況です。下手するとあなた、一生歩けなくなるわよ」
返す言葉もなく黙り込む雅樹。
「どうしてそう自分からホイホイと危険に踏み込んで行くの? 班長から、敵の狙いを逸らすためにわざと立ち上がったって聞いたわ。無茶よ」
「でも、あの場合は……」
「あなたの考えは判ります。でも、たまたま結果が良かっただけ。私には無謀な賭けとしか思えない。何度も言いますが、あなたに万一の事があったらみんなが困るんです。あなたには司令代理としての……」
「先生、もういい。俺は降りる」
雅樹は右手でメイシャンの言葉を制した。
「司令官って言うのは本来、山崎班長みたいな百戦錬磨の達人が適任なんだよ。今から交代してもらいに行くから。それなら文句ないだろ?」
「違うの! そうじゃなくて……」
「だったら何? どうしてそう突っかかるんだ? 先生は前に言ったろ。目の前で助けを求めている人を確実に救いたい。二度と悔しい思いをしたくない。だから医者になったって」
「ええ、でも……」
「俺だって同じだよ。あなたは全員の安全ために目の前で苦しんでる一人を見殺しにしろって言うんですか? もしそれも職務のうちだって言うんなら、俺はそんな仕事できないよ。これ以上はお断りだ!」
「だからそれは……」
「これでも自分なりに悩んだんだ。で、出した結論がこれなんだよ。行きががり上とはいえ、一度預かった他人の命、だれ一人欠けても駄目なんだ。だから俺は――」
「だから、違うって言ってるでしょ!!」
いつもの冷静さをかなぐり捨て、メイシャンはシートを跳ね飛ばすように立ち上がって怒鳴った。狭い診察室をイライラと歩き回り、不意に振り向くと、雅樹の鼻先に右手の人さし指を突き付けた。
「私が言いたいのはそんな簡単な事じゃない。一体あなたにはどう説明すればわかってもらえるの?」
「理屈の判らない単細胞で申しわけありませんね!」
乱暴にその手を振り払う雅樹。一方、メイシャンは両手を腰に当て、雅樹の目をキッと睨み据えて言い返す。
「誰もそんな事言ってないでしょっ! 私は……」
だが、雅樹はそれ以上耳を傾けようとはせず、猛然と立ち上がると、まるでドアに体当たりでもする勢いで部屋を飛びだした。
乱暴に叩き付けられたドアを睨みつけ、一人とり残されたメイシャンは、まどろっこしさのあまり診察台に両手を叩き付けて叫ぶ。
「もうっ! あのバカっ! アホッ!
そのままシートに崩れるように座り込む。
「あなたが心配、だから、なのに……」
弱々しいつぶやきは誰の耳にも届かなかった。
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