太宰治オタクとろくでもない女たち
あめのちあさひ
第1話
「あ、お酒きたね。それじゃ乾杯しよ。今日は誘ってくれてありがと。ニョゼ・ガモ〜ン(乾杯の挨拶)。うん、うまい。さっそくだけど、相談ってなんだい。知っての通り僕は貧乏文士だから微力だけどね、でもお金のこと以外ならたいていの相談には乗ってあげるよ」
「あさひ先生、わたしと一緒に死んでください」
え、やばいやつじゃん。生まれて初めて心中を持ちかけられた。その
「
「冗談じゃないです。本気で死んでほしいんです」
語調が強い。ガチ込み訴えなのか。惚れられちまったかあ。
「そうか、そんなにも僕のことを好きになってくれたというのはたいへん嬉しい、しかし」
「いえ、あさひ先生のことはぜんぜん好きじゃないです。いつもちゃんと断っていますよね? あさひ先生との関係は"義務を果たしている"だけだって。情は持ち込まないと、取り決めましたよね」
あ、う、え、じゃあ……
「わたしはもう人生がなにもかもイヤになったので死んでやろうと思ってるんです。金も尽きた、家は燃えた、親類縁者は黒死病で全滅、国家は負け戦のただなか、イデオロギーは暴力。こんな世の中で生活を続けたいと思いますか?」
い、生きていればさあ……
「わたしはもう死にたい。でも死んだらあいつは弱い奴だと笑われる。生者の嘲笑を想像しただけで腹がたつ。そこであさひ先生」
はい……
「あさひ先生、顔だけはよいじゃないですか。整ってらっしゃる。認めます。で、わたしもまぁ可愛いじゃない? だからね、心中ということになったら、単なる"弱者の頓死"が"美男美女の悲恋"という美しいエピソードに上書きされると考えましたの。そうでもしなければわたしは浮かばれない」
ええ……?
「あさひ先生ならいなくなっても誰も悲しまないでしょう。わたしへの借りを精算してもらわなきゃいけないし。というわけでよろしくお願いします」
三ツ指をついてあたまを深々と下げて丁寧なお辞儀をしたおんなの姿勢はたいへん美しかったが、言ってることはめちゃくちゃだ。なにか言わなきゃ、なにか。反論を。
「黙ってきいていれば勝手なことを言い過ぎじゃないか!あさひは激怒した!僕がいなくなると困るひとがたくさんいる!涙を流すひとがたくさんいるよ!失敬な!」
ひとりも思い当たらなかった。虚勢だが、命が惜しい。
「では、証明してもらいます」
勝負を仕掛けてきやがった。
「そんな殊勝な方がひとりでもいらっしゃるなら、わたし諦めます。ひとりで惨めに死にます。いえ、死ぬのを取りやめて一生あさひ先生の奴隷になってもいい」
彼女は夢見がちすぎる。そのうえ自分勝手だ。彼女の貯金が尽きたのは彼女自身の蕩尽ゆえにだし、彼女の家が燃えたのは彼女自身の寝タバコが原因だし、彼女の家族は健在だが勘当されており、この国の戦争は七十年前に終わっている。戦争を知らない子供たちだよ、我々。イデオロギーは暴力。それだけは認めてもいいかもしれないな。現に僕は、目の前のロマンチック・心中・イデオロギーに殺されかかっているのだから。
「わかった。一時間以内に証人を連れてくる。そこで待っていろ」
言い捨てて料亭をまろび出でて、逃げること脱兎の如し。付き合っていられるか。行く先の宛てはない。
太宰治オタクとろくでもない女たち あめのちあさひ @loser_asahi
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