4 この世界にはとても言葉では言い表せないような深い悲しみがある。
この世界にはとても言葉では言い表せないような深い悲しみがある。
……絶望がある。
その黒髪のポニーテールの少女の名前は霞と言った。
砂山霞。
幸多が「僕は小芝幸多です」と名乗ると、少女は「砂山霞です」と自分の名前を小さな声で幸多に言った。
その瞬間、森の木々の間から二匹の小鳥が鳴きながら空を飛んだ。
幸多と霞は、川辺の石ころだらけのところから、その鳥たちが空を飛んでいく光景を一緒に眺めた。
……空は曇り。
そこには青空も、白い雲もなく、眩しい太陽の光を見ることもできなかった。
やがて霞が幸多を見た。
幸多も同じように霞を見る。
「……綺麗でしょ?」霞は言った。
「なにが? (君が?)」幸多は言う。
「……花」
「花」
「……小さな白い花」
幸多は先ほどまで自分が踏んでしまっていた白い小さな花を見る。その花は、深い緑色と灰色の雲と灰色の石ころしかない、この山の麓の場所で、確かにとても綺麗な彩をしている花だった。(森の緑を綺麗だとは思うけど、ずっと緑ばかりだったので、特別森の緑が美しいとは幸多は感じなかった。それはここまでの道中の道のりがとても過酷なものであったことも関係しているのかもしれない)
「うん。確かに綺麗だ」幸多は言った。
幸多はとくに自然や、こういった花のようなものに対して、普段は『美しい』と言う感情を抱くことはなかった。(幸多が美しいと思うものは、女性であり、都市の風景であり、そしてテクノロジーや数学と言った抽象的な学問や概念のようなものだった)
花や自然を美しいと感じるのは幸多ではなくて、彼女(小松天音)のほうだった。
「それは生きているから美しいの」霞は言う。
「生きているから美しい」幸多は言う。
霞は幸多の横にあるいびつな形をした大きな石の上に腰を下ろした。そこから霞は幸多を見る。二人の距離はかなり近い。駅のホームにある椅子で例えるのなから、二人の間には約一個分の椅子の距離くらいしか、離れてはいなかった。
そう考えてみると、なんだか幸多は今、この場所が霧深い森の奥にある川辺の石ころだらけの場所ではなくて、都市にある大きな駅の夜のホームの上にある椅子の上であるように思えてきた。
幸多の空想によって世界が変化する。
その場所は誰もいない夜の都市のホームになり、そのぼんやりとした光が灯る暗い駅に、ゆっくりと電車がやってきて、その電車は幸多と霞のいる駅には止まらずに、そのまま二人の前を通過して、やがてどこかとても遠い場所まで、走って行って消えてしまった。
幸多の空想は電車の通過とともに終わり、世界は再び、霧深い森の奥にある川辺の石ころだらけの場所に戻った。
幸多は霞を見る。
霞の髪が森に吹く風に小さく揺れていた。
その風を起こしたのは、先ほど自分たちの前を通過していったあの空想の電車なのだと、幸多はなんとなく、そう思って小さく笑った。
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