慣れない仕事

まっく

慣れない仕事

 この仕事に就いて、もう三か月になるのだが、なかなか慣れることが出来ない。


 僕は今、病院や診療所、介護老人健康施設、研究機関などから、血液や病理、細菌などの検査を請け負う民間の検査会社で、検体の回収業務を担当している。


 臨床検査技師のように、資格や専門的な知識が必要な訳ではないが、最低限、検査項目に則したスピッツや容器に検体が採られているかぐらいは分かっていないといけないので、結構覚える事柄は多い。


 通常業務は、決まったルートで決められた時間に施設を訪問し、検体回収作業を行い、自社のラボまで持ち帰る。これを昼と夜の二回。

 ルートや時間は決められているが、渋滞なども鑑みて幅を持たせてあるので、特にストレスも感じないし、最近は寄り道する余裕も出てきた。

 朝早く出勤する必要もないし、これなら長く続けられそうだ。


 通常業務以外にも、ある研究機関から月一回程度、不定期での検体回収業務がある。

 これはいつものラボではなく、別の場所、通称『Bラボ』に持って行かなければならない。


 今日はそのBラボの仕事が入っていた。


 まあ、これがなかなか慣れない訳だか、回数さえ重ねれば問題無いだろう。


 その研究機関に到着すると、まず受付でビジター用の入館証を受け取る。

 関係者以外立入禁止と書かれた防音扉の手前の警備室では、会社名と名前、用件を記帳し、身分証とスマートフォンを預けなければならない。

 電子ロックを解除してもらい、重量感のある扉を開けると、目の前にまた扉が現れる。背中の扉が施錠音をさせると、前の扉のロックが解除された。


 幅の広い廊下を真っ直ぐに歩く。左右に沢山の実験室が並ぶが、中を覗き見ることは出来ない。

 角を曲がると目的の扉が見える。

 其処に辿り着くまでには、実験に使うであろう動物の檻が沢山並んでいる。

 犬や豚、チンパンジーなどが入れられており、どの動物も半ば諦めた様な目で、それでも何かを僕に訴えようとしている。


「やめてくれ! どうして俺がこんな目に遭わないといけないんだ!」


 そんな声が聞こえてくる。脳にまでこびり付いてしまいそうだ。


 扉の横のインターホンを押して、会社名を告げると電子ロックが解除された。


 扉を開けて中に入ると、いかにもパワフルそうな見た目の看護師が準備を進めながら、僕に向かって大きな声で言う。


「もうすぐ先生が来ますので、そこにお掛けになってお待ち下さい!」


 この仕事だけは絶対に時間厳守なので仕方ないのだが、こういった場所で待つのはやはり落ち着かない。


 待つ事、十数分。先生がやって来て、僕の方に軽く会釈すると、足早に看護師の元まで行く。


「じゃあ、チャチャッとやっちゃいましょう!」


 先生は声を張り上げると右手にメスを握った。



耳を劈く声が室内に響き渡る。



 やはり、人の断末魔には、なかなか慣れないな。

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