オーバーザレインボー
はしづめ れんと
第1話 変
「おかえり。」
車の後部座席に乗った私の妻は、キャリアウーマンです。
結婚してから、ますます手腕を発揮し、役職は月日を追うごとに上昇していきました。
周囲からの皮肉もあっただろうが、
彼女は、強い人だ。
「今回も多忙だったんだね。すごく書類が増えてる。」
・・・。
いつのまにか、彼女は電話をしていた。
いつからだろう。
この隙間。
「ごめん。で?なんだった?」
また書類を広げながら、話し始めた。
「いや、忙しい出張だった?って聞こうとしただけ。
電話していたなんてごめんね。」
「そうだ、今日はどこのお店に食べに行く?いつも通り、着替えてから行くでしょ?」
彼女は、お決まりで休み前には焼肉に行くのだ。
段々と、見慣れた道へとやってきた。車はいつのまにか自宅にたどり着く。
荷物を持ち、エレベーター。
そして、最上階の。
荷物を部屋に置き、なにも言わず玄関へ。
「どこ行くの?」不安そうに彼女が聞いてきた。
「車で待ってるよ。」いつもとは違う私の行動に、いささか戸惑ってはいた彼女だが、
すぐにシャワールームに入っていった。
部屋に鍵を掛け、車で一息。
「お待たせ。」
清々しい、夏の果物の香り。
こんな、バスグッズの香りは、気持ちが晴れ晴れとする。
さあ、勝負の時がやってきた。
結婚式より緊張です。
なんてったって、人のウソをばらしまくるんですから。
「これ、渡します。」
もうここからは、一切彼女のことを見ることが出来ませんでした。
「渡します?って、なんで敬語なわけ?」
ぶつぶつと言いながら、一枚の紙を見た彼女。
少しだけ間を置いてから、口を開いた。
「これ、なんのマネ?いたずらとか?」
結婚とは真逆なものを突き出した。
少し置いてから私が話しをはじめた。
「今回の出張、楽しかった?」
「た?楽し?なにを言ってるの。仕事に楽しいとか・・・・」
彼女が話をはじめようとしたが、これ以上のウソを聞きたくはなかったので、
かぶせるようにして、私が話をはじめた。
「いつからか出張の話を聞くと、目線がウソを語る方向を向いていたよ。
今もなっていた。
結婚してから、美容室に行く回数が増えたよね。
君を疑うまで、うれしい事だと思っていたよ。
以前より、仕事の靴を新調する回数が多くなった。
しかも、よいものに。
きっと、今履いているものも高価なんだろね。」
彼女はついに黙って下を向いてしまった。無理もない。
これだけ、ストレートを投げられれば、手も足も出ないだろう。
「い・・・いちおく!」
彼女は、封筒の中のもう一枚の紙に目を向けて、唖然としていた。
「一体、なんのマネ?こんな大金を慰謝料として請求するつもりなの?
どう考えたって、異常としか・・・」
離婚届けに合わせて、一億という大金を慰謝料として請求した。
彼女の年収は、ざっと1000万にも上っている。
彼女の地位と名誉を守るには安いくらいの金額である。
この離婚を表向きには、互いに円満の離婚であるということにする代償をいただくという
事で、この金額を請求した。
「正直、もっと金額を乗せても良かったが。そんなにお金があっても無駄になってしまう。
そして、君へのこれまでの感謝の気持ちもある。」
彼女は、静かに頷き封筒を持って車を出た。
「ことがことだから、日を改めてまた、連絡するね。」
そう言って、自宅へ戻っていった。
終わった。全て。
そして、これから新しくスタートさせねば。
まだ5月というのに、外は真夏日を記録している。
街の居酒屋では、たくさんの人が冷えたビールに酔いしれていた。
あまりお酒は好きな方ではないが、今日はコンビニでたくさん買って帰ろう。
たくさん飲んで、深い眠りにつこう。
きっと余計なことを考えてしまい、寝るどころではないはずだ。
翌日、彼女より電話があった。
離婚届けを役所へ提出した事。
慰謝料を来週には口座に振り込む事。
そして、別れの挨拶。
この3つだけであった。
もう、それだけで十分であったが、
最後には、「今まで、ありがとう。」と告げられた。
自分のした事が正解とは言えない。
やり直す方法もあった。でも、僕はいま、この道を選択した
自分の為?
彼女の為?
人は何かに言い訳をつけて、物事を正当化しようとする。
時には、それが正解になりうることもあるはずだ。
今の自分には、これが適した言葉なのかもしれない。
いささか、その後の展開は本当に予想外であった。
まさかの慰謝料は、倍の金額であった。
彼女なりの誠意なのだろうか。
驚きもあったが、彼女の実力を少しでも理解していたものとしては、
納得してしまう金額であった。
彼女には、自宅にある自分の荷物をすべて廃棄してもらうよう依頼した。
というより、あまり自分の荷物はなかったのだが。
ほとんどは、近くの実家に置いていたので、新しい新居に引っ越しても、なにも問題を感じなかった。
新居に暮らし始めて、1か月。
やっとこの部屋にも生活感が生まれてきた。
カーテンが付けた、新緑の綺麗な模様だ。
洗濯機を買った。ドラム式で、いざって時は乾燥機能も付いている。
大好きなコーヒーメーカーも買った。これで朝の空間を創出できる。
ごみの収集日も覚えた。
近くのスーパーの値引き時間も把握できた。
生活することには、なにも困らない毎日である。
音楽を聴くために、それなりの家電を購入した。寝ながら聴くのが好きなんだ。
そんなこんなで、日々が淡々と過ぎていく。
季節が一枚変化しただろうか。
実際、社会人というものを経験していない自分にとって、
今後なにを求めて生きていくのかが、生きていく?生きる?
それすらわからなくなっていた。
彼女と出会ったのは大学での出来事。
僕は経済学部。
彼女は経営学部。
最初で最後の合コン。
まだ互いにあか抜けていない二人であった。
20歳になりお酒を飲めるようになり、
少しは大人の真似事をしなくてはと思っていた。
いま思えば、あの時の彼女はボサボサノ髪に眼鏡。
姿勢も猫背気味で、
印象は、正直言ってしまえば合コン?に不向きに違いなかった。
人数合わせというカテゴリーが我々には相応しい。
和気あいあいの空気の中、初めての合コンに参加した僕は、彼女と帰る事になったのだ。
「月がきれいですね。私の実家なら星もきれいに見えます。とりあえず電話番号交換で、いかがですか?」
まだにぎやかな商店街を歩きながら。これが最初の。今でも忘れない。
彼女の、いささか唐突な物言い。
きっとこの子も合コンにも不慣れなのだと。
容姿だけではない部分を感じた。少し返答に困っていた僕に、さらに彼女が。
「ごめんなさい。突然。こんな不細工が、へんな事言って。」
「そんなことないよ。でも・・・」
少し焦った僕であったが、気になった事を告げてみた。
「おもったんだけど、髪短い方が似合うとおもう。」
「え?」
10日後。
「似合うよ。やっぱり。」
合コン帰りに番号交換をし、僕の何気ない一言から次に会う約束?口実が出来上がった。
短い髪が似合う彼女を見て、服も変えてみたくなった。
「よかったら、ショッピングに行こうよ。勝手な話だけど、もっと活動的なイメージが似合う。そう思うよ。カラーも夏に向けて、そうだな。スカイブルーを基調にしてみよう。
夏は青い空と青い海と青いかき氷でしょ。」
「青い?かき氷ですか?」
はじめて笑ってくれたひと時であった。
彼女の服装は無難をきわめての黒、灰、白。この3色。
かき氷は適当な表現であったが、我ながら満足であったので、
笑ってくれたのはうれしかった。
「でも、バイト代からだから、あまり高いものは・・。ごめんね。とりあえず品定めに百貨店に行こうか。きっと高いものを見れば、なにかヒントをもらえるはずだよね。」
これも我ながらの案である。妙案だ。
「いいえ。これは私の買い物なので気になさらないで下さい。私、まだ働いたことはありませんが、母からは男の人と出かける際のお金は頂いています。
それに、こんなに私の事について提案してくれること自体、
本当に、ほんとうに嬉しいです。ほんとうにありがとうございます。」
スカイブルーのワンピース。
お互いに一目惚れして、意見一致の一着だった。
袖からおろす腕、スカートの裾からのぞく脚。
それらは、白く綺麗で。まるで壊れてしまいそうなくらいだ。
心奪われる瞬間。まぶたに深く深く、焼き付いている。
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