愛憎

Lie街

雨の日

その日、僕達は何の変哲もないカフェで互いの欠如した人間としての性質を埋めあっていた。

窓の外では雨がコンクリートを叩いては砕けていく。ビニールがそれを遮る。この雨のせいか、カフェ店内はいつもより人が多い。ガヤガヤとしていて、心做しか店内はジメジメとしている。

咲菜は細い指の先についた楕円形の綺麗なピンクの爪を眺めていて、しばらくすると、目の下をふっくらと膨らませた大きなタレ目で僕をまっすぐに淀みなく見た。

「ね、私達はどうして出会ったんだと思う?」

咲菜はいつも難しい質問をして僕を悩ませる。薄いピンクの扉の隙間から真っ白に光る歯がキラリと覗いている。

「ん…運命?」

いかにもつまらなそうな顔をする咲菜に、僕は少し困ってしまった。

「なにそれ」

「いや、だって、じゃあ、なんなのさ」

彼女はぷいと、窓の方に向いてしまった。窓の外は今もまだ空からの大粒の雨で支配されている。時折通る人も傘の守備範囲外をつかれて、下半身を濡らしている。景色はどこか色褪せて、往来する車でさえそのうちハリボテのように剥がれ落ちてしまいそうだった。

「私達は、沢山ある雑念の中からただ一つの答えを見出したのよ」

咲菜は突然、弓矢みたいに鋭くそう言った。

「…、つまりは、お互いに惹かれあったってこと?」

「ええ、あなたは私以外を選ばなかったし、私もあなた以外は選ばなかった。けれど、これが真実かは分からないわ、もしかしたら違うかもしれないし、違ったとしてもそのまま関係が続くかもしれない」

僕は少し頭を抱えた。咲菜は何を伝えようとしているのだろうか。目を瞑ると咲菜は消え、喧騒と微かな雨の音とケーキと珈琲の香ばしい匂いが僅かに僕の鼻をくすぐった。

「僕らが出会ったのは、偶然を装った必然で無意識に選んでいた。よって、運命なんてもので結ばれたわけじゃなく、あくまで無意識といえども人間が選んだからにはこの出会いが一生ものでない可能性も多分に含んでいるということかい?」

目を開けると咲菜はすました顔で珈琲を啜っていた。僕にはそのあまりにもまっすぐで汚れのない端正な顔立ちに、底知れぬ孤独を感じた。

咲菜には両親がいない。3年前の4月16日に咲菜の母は亡くなった。それより2年前に父も亡くなっている。兄弟もない21歳の咲菜にはあまりにも悲しいことであった。そして、僕もあまりにも似たり寄ったりな境遇にあった。

あ、と咲菜は小さく叫んだ。僕はそれを合図にほとんど反射的に窓を見た。灰色の景色は色づいていた。それどころか、7色の橋はいつもよりもより一層に街を彩っていた。それはまるで普段の埋め合わせをするかのような、空からのお詫びのようにも思えた。

「晴れたね」

「うん、晴れたね」

「行こうか」

咲菜は立ち上がりながらそう言った。僕は無言で頷いて、少し後ろから咲菜の後をおった。肩まで伸びた髪は艶々でとても細かった。風が吹けば普通の人よりもなびいて、風には波があることを教えてくれた。僕は白昼夢を見ている気持ちになっているのだった。淡い光のなかやはり君の髪の毛は波打っていて周りの喧騒とか店員や客の姿など、邪魔な情報の一切はシャットアウトされている。そして、窓から差し込む日差しが、白いテーブルや椅子に反射してより一層に咲菜を照らしている。何も言えずにただ歩いていた。そして、気がつけば会計は終わっていた。

「なに、ぼうっとしてんの?」

咲菜はいたずらっぽく笑う。

「あ、いや。お会計、言ってくれれば出したのに」

僕は少し罪悪感というか、あるいはそれに似たものを感じていた。

「ううん、いいの。その代わり今日は付き合ってよね」

僕は内心嬉しく思いつつ、それは極力表に出さず、少しだけ笑ってうなずいた。

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