第3話 カジマ 二
「イヅモ---か。」
男の腕枕に頭をもたせかけていた娘が、唐突に言った。
男は半ばギョッ---として、だが、―そういうヤツだった---―と思い出して、
「そうだ。」
と、一言短く答えた。
「誰に聞いた。」
「カヅラの兄が来た。」
カヅラの兄とは、山に幽閉されたナダのすぐ上の兄だった。母方が古い巫女の血族のためか、スサやイソの元でも覡(かんなぎ)を務め、山に幽閉された今でも、ちょくちょく仲の良かったナダの様子を見に御霊を飛ばしてくる。
ナダの『来た』---というのはそのことである。
「お父(でぃ)はイヅモに行くだろう---と言ってた。」
イヅモは、実父のスサが最も溺愛した妻がいた土地だ。性格的にはその父によく似たスセリが婿を取って治めている。父のスサは妻のイナのために立派な館を作り、ある意味『本拠』のような体になっていた。
だが、イナがみまかり、スセリが婿を取ると、さっさと引き上げて母のナミの住まうクマノに、いわば隠居した。
そして、イヅモはスセリの婿、ヤチが主となって治め、今は長男のコオが覡となり次男のタケが政を成している---と聞く。
スサが最も大事にしていた場所でもある。
ヒルメは、我以外の産んだスサの血筋をことごとく嫌っていた。根絶やしにでもしかけないほどに---である。ミワのオオトはミワの長の婿となりミトをもうけた---ミワの長はヤチと懇意であったが、ヒルメはその力を鑑み、黙殺している。
―つまりは---―
『スサの後継者』で無ければ良い---と言ったところか。長兄のイソはスサの片腕であったがために憎まれた。が、娘の傍らにいる男---カジマの制圧の際に、自らの一命と引き換えに一族の安泰を得た。娘は兄の死は知らない。次姉の機転で兄の自死の前に船に乗り込まされていたからだ。
尤も、勘のいい娘はとうに気付いていたが---。
ゆえに、
―ぬしが絶たせた生命をぬしに返してもらうのじゃ。―
----と床の中でキッパリと言い切って男を驚かせた。
「お父(でぃ)は、行くつもりじゃろ。」
娘は天井から目を外さずに言った。
「お父(でぃ)が行かねば、イヅモは皆殺しになる。」
ヒルメの直属の兵隊の戦は酷い。一族を根絶やしにする。それが、ヒルメのいた大陸のクニの流儀かもしれない。が、この島国の戦の流儀は違う。『融合』の余地を残す。
「お父(でぃ)は、イヅモの血を残すために行く。お父(でぃ)でなければ、出来ぬ。」
娘はむくり---と起きあがり、男の顔を見た。
男の手が、またくしゃくしゃ---と頭を撫でた。
―ヒルメは狡いのぅ---―
と娘は思う。自らの手を汚さず、憎まれるのはカヅチとその兵隊達だ。
ヒルメを恨むものはいない---ヒルメの軍に会ったものは全て死に絶えるからだ。
―憎まれても、その血を生かす。―
それが、カヅチの戦だった。この島国の戦の流儀だった。
「無事に戻れ。」
娘は、男の固く結んだ唇に、そ---と自分の唇を触れた。
「三人目も、きっと男(おのこ)ぞ。」
男は少しだけ微笑み、娘の髪に両手を潜らせた。
久方ぶりに、月が出ていた。
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