第11話

 ホッパー警部がいやいや刑務所の面会室の戸を開けた。

「何が楽しいのだか」

 と文句を言っているがそれが芝居だと思うと、ロバートとライト記者は笑いが止まらなかった。

 面会と言っても相手キリコは軽犯罪者なので、食堂の中で監視員が六人いる中で行われた。


 刑務所内の食堂は広いが、多くの机といすがあり、椅子同士の背中合わせの間が窮屈で、まるで修道学校の食堂のようだとロバートが苦々しく言った。

「修道学校に行っていたのかい?」

 サミュエルは驚いて聞き返す。

「6歳のころね。あまりにもひどい音痴だったんで別の学校に入れられたんだ」

 ライト記者が噴き出す。

「3067番連れてきました」

 3067番が今のキリコの名前のようだった。

 キリコは無銭飲食と暴行で、6カ月の服役またはいくらかの罰金を言い渡されたが、所持金を持っていないため服役となっていた。

 大捕り物を行った数日前とは打って変わり、ずっと痩せて、つややかだった黒髪はみすぼらしくすすけて、黒目も生気はなかったが、強膜白目だけは赤かった。

 キリコが椅子に座る。上目遣いでサミュエルたちを見る。

 静寂が流れる。

「私は、サミュエル・ガルシアと言って、」

 キリコが頷く。

「なんの、用ですか?」

 か弱く、かすれた声だ。

「……、知り合いから頼まれたんだ。その人は、今、怪我をしていて、こちらに来れないからと。君に、渡してほしいと頼まれたんだ」

 サミュエルはそういってポケットから鎖の長い十字架を出し、机の上にジャラジャラと落としてから、十字架がキリコに見えるように置いた。

 キリコはそれを見つめる。

「ス、スタン、神父」

 ゆっくりと顔を上げ、再び十字架に目を落とす。

「スタン神父は、亡くなったよ」

 素早く顔を上げた。そしてはらはらと涙がこれ落ちる。

「死んだ?」

「ああ、これを私に届けてほしいと依頼してきた人のところに尋ねて行って、しばらくしてからね。

 その人の話では、スタン神父はこれを君に渡してくれと。そして「父さんはお前を愛している。お前がたとえ悪魔であっても、お前を助けたことに悔いはない」と伝えてくれと言っていたという」

 キリコの嗚咽が響く。


「会いたかった。追いかけたんだ。だけど、父さんは居なくて、」

「神父も君を探す旅に出たようだよ。きっと、すれ違ったのだろうね」

 サミュエルの言葉にキリコは子供がしゃくりあげるように泣き続けた。


「では、渡したので」

 サミュエルが立ち上がった。

 ロバートとライト記者、ホッパー警部は驚いた。今言ったのはサミュエルだ。そう。今のがサミュエルだ。そう考えれば、先ほど、キリコに優しい言葉を伝えていたのはサミュエルではない。

 ロバートはライト記者とホッパー警部と顔を見せて口の端を上げた。―奈留の、妖魔の何かが動かしたんだろう―

 サミュエルたちが帰る後ろで、キリコの泣き声が響いていた。


 刑務所の外に出て本を開くが、なんの文字もなかった。たぶん、奈留も読みたいので戻って来いということなのだろう。

 四人はラリッツ・アパートに向かった。

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