双子な姉妹に添い寝されるだけの僕

花林糖

双子な姉妹に添い寝されるだけの僕

「……油断したわ」

「それ、わりと僕のセリフなんだけど」

「まさか理沙りさに先を越されるなんて……ッ」

「うん、先とか後とかいいから。理沙を起こして出て行ってくれない、柚沙ゆさ


 ベッドの上で横たわる榛名優希はるなゆうきは、右腕を勝手に枕にして眠る少女こと夏目理沙を視線を向けて言い放つ。

 いつから抱き枕化していたのか分からないが、正直腕が痺れてつらい。


「もう理沙ったら……ほら、起きなさい理沙。理沙ってば」

「……ん。もう……朝、なの?」

「まだ夕方よ。まったく……油断も隙もあったもんじゃないわ」

「……そう、なんだ。ん、まだねむぅ……」

「あっ、ズルっ子! 私も優くんと一緒に寝る!」

「ちょっと柚沙まで!」


 一瞬だけ目を覚ました理沙だったが、優希の腕から頭をあげることもなく二度寝。

 それを見た姉の柚沙までもが、優希の横で添い寝を開始する。もちろん左腕を枕にすることを忘れていない。

 またこのパターンか! と頭の中で嘆くところまでいつも通り。

 部活での激しい運動。その後に訪れた心地よい睡魔に勝てず、自室に入ってすぐにベッドにダイブしたのが運の尽き。


「お願いだから……もう添い寝はやめてほしいんだけどぉ……」

「いいじゃない、別に」

「……ん、諦めは肝心」

「ぐぬぅ……っ」


 はい、分かっていました。

 油断したのは優希。この双子の幼馴染みがこういう子であることを、分かっていながら失念した優希が悪い。


「にい……さぁん……」

「ゆう、くん……」


 寝付きの良い双子に溜息を吐く優希。

 夏目家に住むようになってからというもの、本当の意味で休まる日が果たしてあっただろうか。


 優希の両親は共働きで、現在は海外へ長期の出張中。一人暮らしの経験のない優希を心配した夏目姉妹の両親は、優希を預かることにしたのである。

 娘と同い年の少年とはいえ、優希のことを信頼しているため迷わなかったという。


 こうして、優希は幼馴染みの双子姉妹と一つ屋根の下で生活することに。同時に、ひとりでの安眠は失われた。


「…………はあぁ。よくも同い年の男と添い寝なんかできるな」


 感心半分、呆れ半分で溜息をもらす。

 恥ずかしくないのだろうか?

 もしや、男として見られていないのでは? とさえ、優希は感じていた。


「…………」


 ──そう思うと少し悲しくなるのは男として仕方がない。


「……僕も二度寝しよ」


 どのみち動けないなら、いっそ眠ってしまおうと優希は身体の力をぬく。

 右腕の痺れは臨界点を超えたのか、感覚そのものがなくなってしまった。その代わり、左腕から小さな痺れが……


「どうしよう。眠れないんだけど……」


 こうして、可愛い双子姉妹に悶々としながら、優希は必死になって目を瞑った。




 その晩。一番最後に入浴をすませた優希は、まっすぐ自室に向かった。

 居候の身である自分が、夏目家のみんなより早く入浴することなどできないと、優希は勝手にそう考えていた。

 よって、どうしても寝るのが遅くなる。


 扉の前に差し掛かった優希は、盛大なあくびを披露しながらドアノブに手をかける。


「……僕のベッドの上でなにやってるのさ、ふたりとも」


 優希の目に飛び込んだのは、すでに見慣れたパジャマ姿の双子姉妹。

 姉の柚沙は空色の半袖パジャマで、妹の理沙は桃色の薄い長袖フード付きパジャマ。どちらも良く似合っている。


「あ、優くんもうあがったんだ」


 最初に顔を上げたのは、背を壁につけて読書をしていた柚沙だ。


「まあね。それより二人は何してるの?」

「私は見ての通り読書よ」

「自分の部屋でして」

「ん……兄さんのベッドを温めておいた」

「夏場にそれはやめてほしいな」


 優希の淡白な反応に、理沙がしょんぼりと肩を落とす。

 夏じゃなくても、男の部屋にずけずけと侵入してベッドを温めるのは如何なものか。


「いつから居たのか知らないけど、そろそろ寝たほうがいいんじゃない?」


 優希は暗に「出て行け」と命じているが、ふたりはその場から動かない。それどころか、理沙は眠たそうに寝転がり、柚沙はそんな理沙をチラ見して読書を再開する。


「って、もう寝ちゃってない!?」

「理沙は寝るのが得意だもんね」

「そういう柚沙はいつまでいるつもり?」

「ん〜……今日も優くんのベッドで寝ちゃおうかなー?」


 いいよね、と柚沙は上目遣いで優希に迫る。その様子から、断っても聞かないという決意のようなものが垣間見えた。


「ぼ……僕は床に──」

「また、三人仲良く川の字で寝ようね?」


 早々に諦めた優希のせめてもの抵抗は、柚沙の有無を言わさぬ横槍で儚く終わった。

 幼馴染みのなかで最も発言力の高い指揮官は、いつだって柚沙だった。昔も──今もそれは変わらない。

 柚沙に優しげなのに妙な圧のある目で見られれば、どうしても逆らえなくなる。


「それより優くん。宿題はやったの?」

「えっ? そんなのあったけ……」

「ほら、数学の」

「あ、ああ。うん、そうだった」


 いつもどこか抜けている理沙とは違い、柚沙はしっかり者のお姉ちゃんみたいだ。だからこそ、柚沙には頭があがらない。


「……ん? 理沙は大丈夫なのかな」

「大丈夫よ。ここに来る前にやらせたわ。本当に世話のかかる妹なんだから」


 呑気な顔で寝ている妹に、柚沙は小さな溜息を漏らす。

 仮にも男の部屋だというのに、あまりにも無防備な寝顔を見て優希も苦笑する。男女意識を持っている自分の方が、どこかおかしいような気になってしまう。


「ふたりはもう歯磨きを?」

「ええ、済ませてきたわよ」

「ふーん……相変わらず用意周到なことで」

「もう、せっかく話を逸らしたのにわざわざ蒸し返しちゃうの?」


 しつこいようだけど、それでも添い寝の件を忘れてはいけない。

 ……半ば諦めてるとはいえ。


「ま、とりあえず宿題やらなきゃ」


 いつまでも突っ立てるわけにもいかない。

 優希は宿題を机の上に出して、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。

 宿題の量は大したことはなかった。しかし、どうにも正解しているようには思えなかった優希は、助けを求めるようにチラッと柚沙に視線を向けた。


「ん? どうかしたの優くん」

「あ、いや……」

「もしかして、どこか分からないところでもあったの?」

「まあ、そうだけど。なんで分かったの?」

「飼い主からお説教されたチワワのように、潤んだ瞳で見つめてくるんだもん。すぐ分かったよ?」

「なに、その微妙に嫌な表現……」


 げんなりとした優希にはお構いなく、柚沙はベッドからゆっくりと下りる。どれどれ、と優希の横に顔を寄せ、宿題を覗き込む。


「あー……うん。そこは最初のほうでもう間違ってるね」

「やっぱり? でもどう間違えてるのか……」

「ふふ、いい? ここは──」


 柚沙は優希の背中越しに体を寄せ、楽しげな雰囲気を出して解説する。


「ぁ──うっ」

「──え? どうかしたの?」

「いや……なんでも……」

「?」


 言えるわけがない。

 柚沙からほのかに香る、女の子の匂いについ反応したなどと……。

 お風呂上がりということもあって、柚沙の髪からリンスの香りが──


(──って、気にしちゃダメだって。気にしちゃ……)


 そう思っていても、只でさえ密室空間で可愛い女の子が密着しているのだ。意識するな、という方が難しい。

 理沙もそうだが、柚沙も無防備さも大概のようだ。

 そこで思考を中断して、改めて宿題に意識を戻す。


「──と、こんな感じになるんだけどちゃんと理解できた。優くん?」

「え……ああ、うん。だいたい」

「そっか。良かった」

「うん。ありがとう柚沙」

「えへへ。褒めても添い寝くらいしかできないわよ」

「それは……できれば控えてください……」


 ようやく体を離した柚沙。

 正直、柚沙の解説は中途半端にしか聞いていなかったため、あまり自信がない。

 どこか嬉しそうに教えてくれた柚沙には悪いが、そのことは黙っていよう。


「じゃあ、優くんは歯磨きしてきてね。流石にそろそろ眠いわ」

「だったら自分たちの部屋に──」

「優くん。めっ!」


 聞き分けのない子を諭すような仕草に、不覚にもドキッとした優希は、それ以上なにも言えなくなった。

 こうして今晩も……川の字睡眠を余儀なくされることとなった。




「……眠れない」


 原因は分かっている。

 優希の左隣には柚沙が、右隣で理沙という可愛い双子姉妹が無防備で寝ている。一般的な男子高校生の身で、このような嬉し恥ずかしい状況に高揚しない者はいない。


「柚沙の寝付きもいいよね。理沙のこと言えないくらいには……」


 ほんの数分前に「おやすみ」と挨拶を交わしたばかりだった。なのに柚沙は、早くも規則正しい呼吸を繰り返して夢の中。


「……これじゃあ、また寝不足だよ」


 途方にくれて天井を見上げる。

 ふたりの寝顔見ていると、どうしたって邪な気持ちになってしまう。だから優希は、なるべく二人の寝顔を見ないようにする。

 目を開けているので、眠れないのは当然といえば当然なのだが、これにもちゃんとした理由がある。


「ん……ぅ」

「っ……あ、あんまり密着しないでよ」


 柚沙が小さく唸り、大事なものを守るように優希の腕を抱きしめる。

 しっかりとホールドされた優希の腕からは、女の子だけがもつ膨らみの感触がダイレクトに伝わっている。

 寝るために目を瞑れば、視覚以外の感覚がより明瞭になってしまう。触覚とか……。


「ダメだ。なにも考えるな僕……っ!」

「……なにを考えるな、なの?」

「…………ッ!?」


 突然の声に驚いた優希は、咄嗟に声のした方へ顔を向ける。


「理沙……起きてたのか?」

「ん……ちょっと前に」


 優希の疑問に淡々と答えた理沙は、眠たげに瞼を擦る。


「兄さん……眠れないの……?」

「あー、うん。なんか寝付けなくてね」

「……それなら、理沙とお話する?」

「……大丈夫だよ。そのうち眠くなると思うから、気にせず寝てて良いよ」


 理沙の気遣いはありがたい。しかし、今にも眠ってしまいそうな理沙に、無理をさせるのは嫌だった。

 そんな理沙は、何故か少し不満そうな眼差しを優希に向けた。


「……遠慮しなくていい。理沙も、なんか眠くなくなったから」


 絶対ウソだ。

 普段から表情の変化が乏しい理沙だが、今は瞼がとろぉ〜んとしている。本当は、今すぐにでも寝たいのだろう。

 理沙の様子からそう判断して、優希は丁重に断った。

 そんな優希の気遣いに対し、理沙はさらに不機嫌そうな声音で追撃する。


「……お話、しよ?」

「まぁ……理沙がそれでいいなら」

「……うん、バッチコイ」

「…………」


 特に非難させれるようなことをしたつもりのない優希は、頑なに会話を望む理沙に若干の戸惑いを覚えた。


「それで、話って?」

「…………」

「あの……理沙さん?」

「…………話題、ないの?」

「ぇー……」


 会話を望んだ本人が、なんの話題も考えていないとは思わなかった。

 相変わらずな理沙のマイペースさに、優希は思わず苦笑する。


「そういえば、僕の部屋に来る前に宿題をやらされたって話だったけど──」

「……兄さん。勉強の話はちょっと……」


 柚沙とは違い、理沙は勉強があまり得意ではなかった。さらに運動神経も並以下で、学校生活は苦難の道を辿っている。

 しかし、掃除や料理がダメダメな柚沙とは対照的に、家事全般が万能という家庭には嬉しい美点を兼ね備えている。

 柚沙の部屋が、今まで一度も『汚部屋化』しなかったのは、理沙のお掃除スキルの賜物といえるだろう。


「えーと……そういえば、今日のトマトの冷や汁は理沙が作ったの?」

「……ん。美味しかった?」

「もちろん。さっぱりとしていて、今日みたいな暑い日にすごく合うよ」

「……そう。よかった」


 理沙の口元が薄っすらと弧を描く。

 淡々として感情の読みにくい声だが、表情から喜んでいるのは伝わった。


「……兄さん、薄い方が好き?」

「拘りはそんなにないけど、強いて言うなら今日くらい濃い方が好きかな?」


 夏目家では、理沙と母親が交代で夕食を作っている。母が薄めの味付けをするのに対し、理沙は濃いめのことが多い。


「……要望があったら言って。兄さんの好み、もっと知りたい」

「そんなに気を遣わなくていいよ。確かに濃いめが好きだけど、別に薄味が嫌いな訳じゃないんだから」

「ん……だめ。理沙は、兄さんにもっと美味しいものを食べてほしい」


 夏目家は昔から薄味が基盤だった。そのため、理沙の料理もそれに沿っていた。

 しかし、優希が居候を始めてからは、濃いめの料理に挑戦するようになる。普段とは違うことをしたため、最初は大失敗して家族に迷惑を掛けた。

 そして試行錯誤のすえ、最近になってようやく優希好みに近付いた、と密かに喜んでいるのは本人だけの秘密。


「無理してない?」

「……してない。だから、もっと色々なこと教えて」

「それならいいけど……」


 とはいえ、理沙は満足でも優希にしてみれば疑問だらけではある。

 長期間とはいっても、永遠に夏目家でお世話になるわけではない。いつかは元の生活に戻るのだから、優希の好みをきっちり把握する必要はあまりない。


(なのに……どうして、そんなやる気に満ちた顔をしてるんだろ……?)


 明らかになにかを企んでいる。

 理沙が本気で向き合うとき。それは危機感を覚えている時か、将来的なことを考えている時のどちらかだ。

 優希が夏目家に滞在している間に、何かを成し遂げようとしている。


「……? 兄さん、どうかしたの?」

「あ……いや、なんでも……」


 無意識に理沙を凝視していた優希は、慌てて顔ごと視線を逸らす。


「……兄さん。まだ、眠くならない?」

「まぁ……そうだね。というか、眠いなら本当に無理しないで───って、そもそも起きたなら自分の部屋に戻ろうよ」


 なにを呑気に話し込んでたんだ。

 ようやく気付いた優希は、無駄と分かりつつ説得を試みる。


「……それは、ムリ」

「無理じゃないでしょ。出来れば柚沙も起こして二人で部屋に戻ってほしいんだけど」

「ん……理沙、もう兄さんの隣じゃないと安心して眠れないの」

「返答に困ることを……」

「……だから、これからも兄さんの隣で一緒がいい。だめ……?」

「…………」


 優希の腕を掴む手に、ほんの少しだけ力が入る。瞳は僅かに潤み、目の奥を覗き込むような熱い視線を向けている。

 普段から無表情であるためか、こういう時の破壊力は凄まじいものがある。そして、本当に断りづらいったらない。


「……なるべく、一人で寝られるように努力してほしい」


 結局、こう言うほか選択肢がなかった。


「……うん、わかった」

「本当に分かってるんだよね……?」

「……努力はする」

「それって努力しない人の言葉だよね?」


 まったく決意の篭っていない目だった。

 優希も分かっていたことだが、この件について双子が引く選択はない。


「……でも、兄さんも慣れたでしょ?」

「慣れるわけないじゃん。僕だって結構耐え抜いてるんだからね?」

「……でも、嬉しい?」

「嬉しいか嬉しくないかで言えば、もちろん嬉しいけど……精神的につらいよ」


 まさに両手に花。

 可愛い双子姉妹の添い寝に、心踊らない男子高校生などいないだろう。それは優希も例外ではない。


「……なら、いいでしょう?」

「……理沙は、男と同じベッドで寝てなにも感じないの?」


 一瞬だけ考えるそぶりを見せた理沙は──


「兄さんなら──いいよ?」


 迷いのない、極々自然な声音で宣言した。




 深夜二時過ぎ。

 悶々とした気持ちを抱えながら、ようやく安らかな眠りに就いた優希。

 そんな、彼の両隣にて──


「やっと寝たみたい」

「……ん。兄さん、ほんとに酷い不眠症」


 優希の腕を抱く、双子の姉妹が静かに彼の寝顔を覗き見ていた。

 真っ暗な部屋のなか、はっきりとは見えないことが少し悔やまれる。

 双子であるが故の共感が、互いの気持ちを完璧に読み合っていた。


「その不眠は、私たちのせいなんだけど?」

「……理沙だけなら、兄さんも気にしない」

「そんな訳ないじゃない。優くんは私のことを意識しているもの」

「……ふっ」

「なに鼻で笑ってるのよ理沙ッ!」


 せっかく眠りにつけた優希を起こさぬよう、柚沙と理沙は小声でプチ喧嘩を始める。

 優希を巡って、ふたりのこのような会話は日常茶飯事で行われている。


「……最初に添い寝を始めたのは、理沙」

「あの時は驚いたわよ。まさか……初日からあんな大胆に……」


 元を正せば、理沙がひとつ飛ばしのアタックを仕掛けたことが始まり。

 鬱陶しく思われないように、少しずつアピールしようとした柚沙の裏をかいた、理沙の大胆不敵な抜け駆け。

 それからは、柚沙も積極的に迫る方向に変えて、今では優希の添い寝が日常化してしまうこととなった。


「……予想外。柚沙にそんな度胸があるなんて思わなかった」

「私だって……自分の行動には驚いてるんだから……」


 柚沙は拗ねたような顔で理沙を睨む。


「ん……宿題にかこつけて、兄さんに密着してた人の言葉とは思えない」


 理沙は理沙で、姉のあざとい行動を指摘して睨み返す。


「べ、別にわざとじゃ……」

「……ウソ。柚沙、途中で気付いたのにやめなかった」

「っ……そ、そうだけど……」

「……いやらしい」

「ああっ……アンタにだけは言われたくないわよッ!」


 顔を真っ赤に染めた柚沙は、小声で理沙へ詰め寄る。

 さも自分のことを棚に上げた物言いに、流石の柚沙も耐え切れなかった。


「それを言うなら理沙だって、わざとらしい甘え声で告白紛いなことを……ッ」

「……何かいけなかった?」

「抜け駆け禁止を破ったじゃない!」

「違う……柚沙の方が先だった」

「私は告白してないもん。告白はふたりで一緒って約束したでしょ?」

「…………」


 理沙はしばらく押し黙っていたが……やがて、表情を引き締めて問いを投げた。


「……本気?」

「!」

「……ねえ、柚沙。本気で、三人で仲良くやっていけると思っているの?」


 すると。

 柚沙は一瞬の迷いもなく、


「できるわ。だって……私たちは、双子なんだから」


 包み込むような微笑で、はっきりと、そう答えたのであった。


「……うん。それなら、いい」


 理沙が満足そうに、小さく笑う。


「ん……仕方ないから、ふたりで鈍感な兄さんを攻略しよう」

「仕方ないってなによもう……。でも、やってやろうじゃない」

「……ん。一人だけじゃ足りない……でも、二人なら──ううん、三人なら」

「うん……きっと、世界で一番幸せな家族になれるよ」


 柚沙と理沙は、互いに見つめ合う。

 幼い頃から、いつも三人一緒だった。

 今更、〝ひとり〟が欠けてしまうなんて……想像できない。考えたくもない。


「男と同じベッドで寝て、何も感じない訳ないじゃない」

「……ん。女の子は──興味のない男と一緒に寝たりなんかしない」


 どうして、それが分からないのか?

 男として見ていない? ──否、それこそあり得ない。

 恥ずかしくない? ──否、ドキドキしてメッチャ恥ずかしい。うまく寝付けない。


「普通、私たちみたいな美少女が添い寝なんかしたら──」

「ん……絶対、襲うと思う」

「むしろ、手を出さない方が失礼よね」

「……無理しなくていい。ぷぷっ……顔、すっごく真っ赤で可愛い」

「う、うっしゃい……っ!」

「あ……噛んだ……」

「理沙ッ!」


 まるで──もとい、人を食ったような態度で接する理沙が、不敵な笑みを浮かべた。


「むっ──」


 その目が──〝理沙が一番。柚沙には負けない〟と、告げていた。


「ふん……妹のくせに、ちょっと生意気じゃない理沙」

「ん……。料理もロクにできないのに、随分な言い草」

「あら……算数すら危ういのに、それでどうやって生きていくつもりなのかしら?」

「ん……先に好きになったのは理沙……」

「誤った歴史感をもっているのね。仕方がないから、正しい歴史を教えてあげる。ついでに、今度の期末で出題されそうな歴史問題も一緒にね」

「んぐっ……卑怯……ッ」


 勉強にまつわる単語が出て、理沙は忌々しそうに抗議する。

 それで余裕を取り戻したのか、柚沙が愉快そうに鼻を鳴らす。勉学においては、柚沙の方が圧倒的に格上であった。


「ふふふっ……可哀想だから、もうこれくらいにしてあげる」

「……柚沙、ちょっと調子に乗ってる?」

「なによ。まだやるつもり?」

「ん……玉子焼きどころか、目玉焼きすら焦がすくせに」

「そ、そんなの中学生の頃までだったでしょう!?」

「…………フッ」


 姉の発言に失笑する理沙。

 中学生で目玉焼きを焦がす少女なんて、この日本でどのくらい存在するだろう。

 双子の妹としてはとても恥ずかしく、また、無意識に自ら醜態を晒すような発言をする姉は──やっぱり、とても愛らしい。


「ぬぬ……ちょ、ちょぉぉぉっと料理が出来るくらいで……」

「ん……悔しかったら、柚沙も兄さんの胃袋を掴んでみればいい」

「……いいわよ。それなら、理沙に味見役をしてもら──」

「ごめんなさい、調子に乗ってました……」

「どうしてお願いする前に謝った!?」


 若干蒼白になった理沙が、一瞬で負けを認めて謝罪する。

 姉の料理が〝味見〟ではなく〝毒味〟となることを、妹はよくよく理解していた。


「……まだ、死にたくない」

「そこまで酷くないわよ! いくらなんでも失礼じゃない!? 失礼じゃないっ!?」


 理沙の無表情さに磨きがかかり、視線はどこか遠く見つめている。

 流石に生死が掛かるほど酷くはない……筈……たぶん、きっと……。


「っ……もう、いいでしょう? 私たちもさっさと寝るわよ」


 柚沙がバツの悪そうな顔で言う。

 そんな姉の情けない姿を流し目に、理沙は壁掛け時計に視線を移す。

 時計はすでに、深夜二時半を刻んでいる。


「ん……これ以上は、明日に差し支える……かも?」

「そもそも起きれなくなるわよ」


 柚沙の言葉に頷き、理沙は眠そうな目で向き直る。


「そう……柚沙」

「なによ」

「……柚沙が恋人で、理沙が妻。これから頑張ろう」

「あ、あんたって子は……入籍するのは私なんだから!」

「むっ……ん、いつか、兄さんに決めてもらった方がいい……」

「……そうね。でも、負けないから」

「……ん。こっちこそ」


 互いに健闘を祈り合い、柚沙と理沙はそっと目蓋を閉じた。


 いつの日か三人で、誰もが羨む温かい家族になるために。

 双子の姉妹は、今夜も意中の相手と添い寝するのだった。

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双子な姉妹に添い寝されるだけの僕 花林糖 @karintou9221

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