タイム・ラブ 番外編

KMT

第1話「モヤモヤ」



 満は七海商店街の中央にある石像の前で、いつものメンバーと話をしていた。


「お前ら! 温泉旅行に行こうぜ!」

「温泉旅行!?」


 裕介の唐突な発言に、四人は大きく反応する。


「そう! 実はこの間応募した懸賞に当たってな。豪華温泉旅行五名様ご招待チケットだぜ~♪」


 裕介は胸を大きく張りながら、そのチケットを見せつける。


「お前らも行こうぜ~」

「行く行く~」

「綾葉が行くなら私も行く」

「まぁ、俺も行くかな」


 綾葉達は次々と賛同する。満も乗っかろうとするが……


「楽しそうだね~、僕も……」

「満はダメだ」

「えぇぇ!?」


 予想もしない答えが帰ってきて、満は困惑した。他の三人も驚く。


「ちょっと、なんでよ裕介!」

「仲間はずれ、いじめ、カッコ悪い」

「俺達五人でちょうどいいだろ……」

「なんで!? 僕、何か悪いことした?」


 裕介は険しい顔をしながら告げる。


「いや、特に何もしていないがダメだ。理由はよくわからないが、お前を連れていったら物語的にダメな気がするんだ。とにかくダメだ~!!!」


 裕介は大きな声で叫んで、満を追い返した。満はとぼとぼと一人で帰っていった。






「お母さん、僕達もたまには温泉旅行にでも行こうよ~」


 満は自宅に戻り、キッチンで昼食の準備をする母親、咲有里のもとへ駆け寄る。友人がダメなら母親へ頼むまでだ。


「温泉旅行~? いいわね♪ 行きましょ行きましょ! 久しぶりに一緒にお風呂に入りましょうね~♪ お背中流しっこしましょうか💕」


 咲有里は満にベタベタと抱きつき、頭を撫でる。自分の巨乳に満の顔を埋める。


「お母さん! 台詞全然違う! そこはダメって言わないと!」


「あ、そうだったわ。つい欲が出てきちゃった」

「そもそも温泉に行くんだから一緒に入るなんて無理だよ……」


 17歳になった息子と一緒にお風呂に入りたがる41歳の母親。かなりシュールな光景だ。


「ダ、ダメよ~、毎日忙しいんだからそんな暇ないわ~(棒)」

「そんなぁ……」




 満は落胆し、二階へ上がり、自室に入る。


「いやぁ~♪ この時代のクレープは美味しいのなんの~、って……ん?」


 部屋でゆっくり咲有里の手作りクレープを頬張る真紀。部屋に入ってきた満に気がつき、手を止める。


「真紀えも~ん!」


 満は真紀に泣きつく。いつもひどい目に遭った時は真紀に頼るのだ。


「なんだい満君。また裕介君達にいじめられたのかい?」

「うん。実は……」


 満はこれまでの経緯を真紀に話した。真紀はうんうんと頷きながら話を聞いた。


「そうかぁ~、君だけ仲間はずれにされちゃったのかぁ~」

「うん……真紀えもん、なんとかしてよ~」


 ずるずる

 鼻水をすすりながら、満は真紀に懇願する。


「よし! この22世紀から来た人型人間に任せなさい!」

「人型人間って……そのままじゃん」


 真紀は自分のリュックの中に手を突っ込み、ガサゴソと中を漁る。取り出した物を大きく天井へと掲げる。


「どこでもドア~♪ ……なんてあるわけないやろがい!」


 真紀はリュックから取り出したメモリーキューブを床に叩きつけた。


「ちょっと、床傷ついちゃうよ~」

「あぁもう! 役に立ちそうな道具なんて何もないわよ~!」


 真紀は頭を抱える。満は床に転がっているメモリーキューブを手に取り、真紀に差し出す。


「ねぇ、これ使えるんじゃない?」

「……はっ!」


 真紀はメモリーキューブを目にも止まらぬ速さで奪い、大きく天井へと掲げる。


テッテレ~♪


「メモリーキューブ~♪」


 例の国民的人気アニメの効果音が流れた。真紀は解説を始める。


「これを使えば人の特定の記憶を奪ったり、思い通りに記憶を書き換えたりすることができるんだ~」

「へぇ~、そうなんだ~(棒)」


 満は真紀の手に握られたメモリーキューブをまじまじと見つめる。


「試しに使ってみましょう!」

「うん」

「真紀~、テスト勉強はやってるの? もうすぐ課題テストなんでしょ~?」


 真紀の母親、愛が満の部屋に入ってきた。課題テストは今週の土日を挟んだ月曜日からだ。だが、真紀はもちろんテスト勉強などやっていない。


「おぉ、ちょうどいいところにうるさいママが来たわね」

「はぁ!? うるさいって何よ!」

「はいはい静かになろうね~」


 真紀は愛の頭上にメモリーキューブを投げる。メモリーキューブは変形し、愛の頭上で浮遊しながら黄色い光を放つ。


「げっ! これって…ううっ!」


 メモリーキューブの光に抗おうとするも、すぐに飲み込まれる愛。光を浴びながらポカンと突っ立っている。


「ん? 私、なんでこんなところに……」

「なんでって、お皿を取りに来たんでしょ?」


 真紀は満の机の上に置かれている白い皿を

指差した。真紀がさっきまで食べていた手作りクレープが乗せられていた皿だ。


「そうだったわ! あれ? そうだったかしら?」

「そうだったわよ」

「そう、そうだったのね」


 愛は何事も無かったかのように皿を回収し、満の部屋を出ていく。


「あらら……」

「こんな感じよ♪」

「すごいや」

「これで裕介君達を洗脳してしまいましょう!」


 そう言って、真紀は元気よく満の部屋を出ていき、階段を下りていった。


「あ、待ってよ~!」


 満は真紀の後を追った。








「いた! 裕介君よ!」


 真紀と満は自動販売機の影から裕介を覗く。裕介は道端を歩きながら他の三人と談笑していた。


「よ~し!」


 真紀はメモリーキューブの側面についているダイヤルをチリチリと回す。


「いっけ~!」


 真紀は腕を大きく振りかざし、メモリーキューブを裕介の頭上目掛けて投げた。


「おぉ、真紀ちゃん……って、なんだ?」


 裕介は頭上で浮遊する立方体の物体をまじまじと見つめる。すぐさまその物体は黄色い光を放つ。


「なんじゃこりゃ!? って、うっ……」


 光に飲み込まれた裕介は頭を抱える。


「きゃっ! 何これ!?」

「眩しい……」

「なんじゃこりゃ!?」


 突如メモリーキューブの光は力を増し、他の三人も飲み込んでしまった。


「あら大変! みんな入れちゃったわ……」

「えぇ!?」


 飲み込まれた四人は呆然と立ちすくむ。


「あれ? 俺達は一体……」

「裕介君!」


 満は自動販売機の影から出て裕介へと近寄った。


「大丈夫……?」

「おぉ! 満、ちょうどよかった。やっぱお前も温泉旅行に連れてってやる!」


 裕介は満の肩に手を乗せて告げる。


「ほんと?」

「あぁ、なんでが知らねぇけど急にお前と風呂に入りたくなっちまってよ……///」

「え?」


 なぜか頬を赤く染める裕介。満は怖気を震った。ここ最近の裕介の行動の中で断トツ的に気持ち悪かった。


「『満君と一緒にお風呂に入りたい』って記憶を刷り込んだんだけど……」

「何それ!?」

「なぁ……いいだろ……男同士裸の付き合いといこうぜ……///」


 ゆっくりと満に近づく裕介。手を前に掲げながらニタニタ笑う。


「ちょっと待って裕介君! 真紀えもん、裕介君をどうにかしてよ!」


 真紀に助けを求める満。


「薄い本が厚くなりそうね」

「真紀えもぉぉぉぉぉん!!!!!」


 真紀は心の芯から腐り始めた。


「ダメよ! 満君は私と一緒にお風呂に入るんだから!」

「え!?」


 突如綾葉が間に入り、満の右腕を両腕で抱く。頬を赤らめる満。綾葉にも記憶の刷り込みが行われていたのだ。


「違う! 私よ~」

「いや、俺だろ」


 美咲と広樹も乱入し、満の腕を引っ張る。四人で一斉に満の腕を引っ張り合う。


「みんな落ち着いて! ねぇ、真紀えもん!早くなんとかしてよ~!」

「……」


 真紀は四人に襲われる満を無言で眺める。


「ねぇってばぁ~!!!!!」







 十数分後、真紀はメモリーキューブを使って四人の記憶を元通りにした。


「あれ? 俺達何やってたんだ?」

「さあ?」

「何か忘れてるような……」

「気のせいだろ」


 四人はぞろぞろと自宅へと帰って行った。満はその場で脱力し、倒れこむ。


「はぁ……疲れた……。真紀えもん、もうちょっと早く助けてよ~」

「ごめんごめん。ちょっと考え事してた」

「考え事?」


 満は首をかしげる。真紀は続ける。


「実は……綾葉ちゃん達が満君と一緒にお風呂に入りたいって言い出した時、胸がちょっとモヤってしたというか……」

「モヤっと?」

「うん……よくわからないけど……」


 真紀にとって、それは初めての感覚だった。満が他の女性と仲良く戯れている姿を眺めると発生するらしい。


「何だろう? 具合でも悪いのかな? 大丈夫?」

「うん、多分大丈夫だと思う。ありがとう」


 とりあえず、この感覚のことは頭の片隅に置いておくことにした。それよりも、どんな些細なことにも心配して寄り添う満に感謝した。


「あと、ごめんね。結局温泉旅行連れてってあげられなくて……」

「いいんだよ、いつか行ければ。その時は真紀も一緒だよ」

「ほんと? やったぁ~!!! 楽しみね~♪」


 満も真紀は互いに微笑み合いながら帰った。その時、二人は無意識に手を繋いで歩いていたという……。




   * * * * * * *




「何? これ……」

「綾葉ちゃんに聞いたんだけど、満君の学校9月に文化祭やるらしいじゃない。それで毎年演劇が盛り上がってるらしいわね。それで、私達のクラスでやってみない?」

「はぁ……もしかしてこれ、その脚本?」

「脚本っていう程ではないけど……まぁ軽い提案書みたいなものよ。まだ物語半分も書けてないけど……」


 真紀は何枚かの台詞が書かれたメモ用紙を見せてきた。僕はそれを読んでいた。これが真紀の考えた物語……というかそのままの僕らだった。言っては悪いが、素人が書いた物語のようだった。どうして愛さんと僕のお母さんが友情出演してるんだよ……。これを演劇でやるのか……?


「それにしてもこれ、完全にドラえもんだよね? 真紀えもんって……あと、僕がのび太君なの!?」

「いいじゃない! 満君もメガネしてるし。私達にぴったりよ! この話はのび太君がかなめになってるんだから、しっかり演技頼むわよ~? 特に道具出して~って泣きつくところ」

「無理だよ! 恥ずかしいよ~!」

「大丈夫よ~、練習すれば。ほら、今やってみせてよ」

「えぇ!?」


 真紀は床を指差す。いや、泣きつくって……真紀はいいのか? まぁ、彼女がどうしてもっていうなら……


「えっと……ま、真紀えもぉん……///」


 出来る限り精一杯ののび太君の真似をした。だが恥じらいが残ってしまい、微妙な出来に仕上がる。顔が真っ赤に染まっているのが自分でもわかる。恥ずかしい。


「……これは練習が必要ね」


 冷静に分析する真紀。そんな上から目線やめてよ……。


 ふと横を向くと、部屋の扉が空いていることに気がついた。隙間からは愛さんとお母さんが顔を覗かせていた。


「二人とも……何やってるの?」

「満、可愛い💕 ママにもそれやって~♪」


 愛さんとお母さんにも今のを見られていた。恥ずかしさが一気に増す。頭から湯気が出てくる。穴があったら入りたい……。


「秋くらいに文化祭があってね、演劇やろうと思ってるのよ。それで軽い練習をしてたの」

「……」


 愛さんは何も言わずに真紀へと近づく。


「えへへ~♪ ママ、楽しみにしててね」


 ガシッ


「演劇なんかよりも、あんたは課題テストの勉強に集中しなさいよ!」


 愛さんは真紀のポニーテールを引っ張る。


「ひいぃぃぃぃぃ~! ごめんなさぁ~い!」


 泣き叫ぶ真紀。完全にのび太君とのび太君のママだ。真紀の方がのび太君役に向いてるんじゃないか?




「助けて満君~!」

「はぁ、やれやれ……」


 今日も僕はブレないお転婆娘に頭を抱える。相変わらず退屈しないな、彼女との日常は。








 僕と彼女が自分の中の隠れた恋心に気づくのは、まだ先の話。




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