第14羽

 


 ……最近、空くんの周りが賑やかになってきた。


 これは良いことなのかも知れないけれど、私の心境としては複雑……。


『空くんキム撃退事件』から数日が経ち、撃退された木村くんは表立って空くんにちょっかいを出さなくなった。


 そして、



「灰垣くんは部活入らないの?」

「うん、家の事が色々忙しくて」


「そう、大変だね。 俺もやってないけど、単純にやりたくないだけだからな、運動苦手だし」


「運動部じゃなくてもいいんじゃない?」

「家でゲームしてる方が合ってるかなぁ」


「そっか。 別に無理に入るものでもないしね」



 空くんとお話ししている彼、常盤光昭ときわみつあきくん。


 空くんと同じくらいの身長で、目が細くって短髪、勇くんみたいにつんつん立ってはいない。


 元々空くんは誰とでも話す方だったけど、逆に特に親しくしている友達はいなかったと思う。 そこに最近現れたのが彼だ。 空くんが他の男子と居ても、必ずその中に常盤くんが居る。 別に、いいんだけどね……。



「まぁ、アレね」


 私が空くん達を眺めていると、隣にいた良子のメガネが光る。


「灰垣くんはどうか分からないけれど、周りは彼が木村くんに良く思われてないのを感じていた。 それがこの間の件で緩和され、話しかけたくても話せなかった常盤くんのようなキャラが近寄って来たのね」


「な、なるほど」


 ご苦労様です、解説の良子さん。


「ふーん、確かにあの二人、身長的に親近感湧くのかもね」


 相変わらずお口が悪いですよ、可奈さん。


 そ、それじゃまるで、私とは身長的に親近感湧かないみたいじゃない……。



 はぁ……加藤さんは今もちょくちょく空くんにちょっかい出すし、逆に木村くんは加藤さんにあんまりつきまとわなくなったような………そこは応援してるのに、キムのバカ……。



 それだけならまだしも、まだ私には気になる事があるの……。


 あの木村くんに啖呵を切った “小さな毒舌” こと別府海弥さん。 彼女が空くんの席まで来て、「海来留がうるさいから」と言って、空くんと連絡先を交換した。



 ―――私の目の前で……!



 ズルい……私が天使の連絡先それを手に入れるまでどれだけヤキモキしたことか……。 妹って、偉大なのね……。


 空くんもさ、もうちょっとデリカシーを持って欲しいよ……別に、気持ちを伝えた訳じゃないから仕方ないけど……。



 もちろん後から空くんに事情聴取はしました。 何でこうなったのか。 それは、実に空くんらしい理由で、下校中に公園で一人寂しくボールを蹴っていた海来留ちゃんを見かけて、一緒に遊んだんだって。



 今度私もやってみようかな……。

 こんな大きな女じゃダメか………。




 ◆




 もう、放課後か……。


 ついにこんな時間まで言い出せなかった、というか……なんであたしがこんな事をしなくちゃ―――やめよう……そんな事わかり切っている、可愛い海来留の為だ。


 昨日の海来留は、手に負えなかったもんね……。



 ――――――――――――――

 ――――――――――

 ――――――

 ―――




「空、なんできてくれないの? みくるのこと、キライになったのかな……」


「……そうじゃない、と思う」


「じゃあ、なんで?」


「それは……」



 悲しそうな顔であたしを見上げてくる海来留。 母親似の可愛らしい瞳が、今にも泣きだすぞと訴えてきている。 こんな時いつも思うのは、なんであたしはこんな目つきの悪い、大嫌いな父親ヤツに似てしまったのか。



「い、忙しいんじゃない?」


「じゃあきいてみる、おねーちゃん空のけーたいきいてくれたんでしょ?」


「まぁ、その……」


「かして! はやくっ!」



 誤魔化すのも限界か……。


 不満爆発の海来留に負けて、あたしは本当の事を話すことにした。


 子供同士勝手に遊ぶのならともかく、空に海来留と遊んでもらうならこっちが頼むって事になる。 そうなるとあたしだって「じゃ、あとよろしく」って訳にはいかない。


 最初は海来留を連れて行って、どうせ最後は帰りたがらないから、迎えに行って空から引っぺがさなきゃならなくなる。


 あたしだって色々とやる事がある。 だから、空には海来留と遊んで欲しい時はこっちから伝えると言ってある……んだけど……。 海来留には悪いと思っているけれど、次の約束は言えてない……。



 その事情を海来留に話すと、予想通りの展開になった。




「じゃあおねーちゃんのせいじゃん! おねーちゃんが空をよんでくれないからだっ!」


「あたしだって家事があるんだ、空だってそうなんだよ?」



 向こうも片親なのは聞いていたから、同じ境遇のあたしとしては、簡単に海来留と遊んでやってとは言い難い。 ……というのは建前で、空は「うちは父さんと二人で小さな子供はいないから、家事といってもそんなに大変じゃないよ。 いつでも声をかけてね、僕もみくるちゃんに会いたいし」、と言ってくれている。


 空の言っていることを鵜呑みにする訳じゃないけれど、あいつは……嘘は苦手そうだから。


 つまり、問題は空に頼まないあたしにあるってことだ………。



「かえったらみくるもてつだうもんっ!」


「で、でもねぇ……」


「なんでだめなのっ!? おねーちゃんのいじわる!」


「いじわるで言ってるわけじゃ―――」




「だいっキライっ!!」



「……………」




 ◆




 ―――と、いう訳で、どうしても今日、空との約束を取りつけてこいと言われてるんだけど………。


 ラインとかで連絡を取り合うのは、ちょっと抵抗があるんだよね……だってあたしと空は別に友達って訳じゃないし、あくまで海来留あっての関係なんだから。 連絡先あれは緊急時以外使いたくない。



 あいつだって、男なんだ。 男は―――嫌いだ………。



 ……このまま帰ったら、本当に海来留に嫌われそう………それだけは避けたい。



 行くしか………ないか。



 意を決したあたしは、友達数人と話している空に向かって歩き出した。 割り切って仕事を果たせ……! あたしは、ただの “交渉人” なんだから。



「………空」



 自分でも呆れる程小さな声だった。 しかも、ちょっと遠くから声をかけているし、……ね。



 空は……気付かない。


 鈍感なやつだな、仕方ない、もう一度………



 ―――っ!





 …………やめだ。 バカバカしい……!



 目的を果たせず、あたしは背を向けて教室を出た。


 そして、廊下で立ち止まり、唇を噛む。



 もう一度、聴こえるように空に声をかけようとした時、あたしは、のように手を伸ばしていた。




 大嫌いな父親アイツが出て行った、あの日のように……。




 ……海来留には悪いけれど、今日は帰ろう。 上手く、誘えなそうだから。 今は友達だって仲直りして、また一緒に遊んでいるんだから、そんなに寂しい訳じゃない筈だし。



 ……それも、空のお陰、だけど………。



「あ、あの……」


「――っ!」



 廊下の壁に背中をつけて俯いていたあたしに、誰かが声をかけてきた。



「………なに?」



 緊張した面持ちであたしに話しかけてきたのは、最近空にくっついている奴だ。 名前は、知らない。



「灰垣くんに何か伝言なら、伝えておこうか?」


「……別に」


「そう……ご、ごめんね、余計なこと言って……」



 なんだコイツ、あからさまに落ち込んだ顔をして。



「なんであんたがそんな事するんだよ?」


「さっき、灰垣くんに声をかけに来てたから、何か、伝えたそうに……」



 それであたしを追いかけてきたのか、コイツも空と同類か、お節介な奴だな。 はぁ……



「……明日、空けといてって空に伝えて、それで分かるから」


「えっ……う、うん! わかった、必ず伝えるね!」



 何がそんなに嬉しいのか分からないけれど、そいつは満面の笑みで何度も頷いている。



「無理ならメッセージ入れといてって」


「わかった、任せて別府さん」


「……その名字は嫌いなんだ、じゃあね」



 用件を伝え終わると、あたしはさっさと背中を向けて歩き出した。 すると後ろから、



「じゃ、じゃあ海弥さん……かな……」



 変な奴。 あたしの下の名前まで知っているのなんて何人もいないよな。 ……まぁいい、これで海来留との約束は果たした、空の都合が悪い分には言い訳も立つし。



 妹よ―――おねーちゃんやったぞ……!



 間接的に……だけど。







「あっ、灰垣くん、駅まで一緒に帰ろう」


「うん」


「……さっきさ、海弥さんに頼まれたんだけど」


「海弥に?」


「うん、灰垣くん《明後日》空いてるかって、そう言えばわかるって」


「ああっ、了解。 ありがとう常盤くん」


「いえいえ。 あっ、あと」

「ん?」



「都合が悪ければメッセージ入れといてって、だから大丈夫なら、連絡しない方がいいんじゃないかな?」


「海弥らしいね、わかった」






「ははっ、ホント、そうだよね……」




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