第6話 聖女遭遇 中編


 私ことノエル・ノヴァーラが、他の人と違うと認識したのは、確か五つか六つの頃。


 聖教国、北にある辺境の地。

 何の特色も無い、どこにでもある小さな村で、私は家族と共に暮らしていた。


 農作業を終えた母との帰り道。

 旅人だったのか、それとも村人の誰かだったのか、もう忘れてしまったが、その人のシルエットが墨の様に黒かったのをよく覚えている。

 だから私は、私の手を引く母に訊ねたのだ。


「おかあさん。なんであの人、黒いの?」

「黒?ああ、逆光でそう見えるだけよ」

「ぎゃっこう?」

「お日様を背にすると、眩しくてその人が見えなかったり、黒く見えてしまう事よ。さ、早く帰りましょう。日が暮れちゃうわ」

「ふーん?」


 振り返った私の目に、黒がゆらりと揺らめいた気がした。


 黄昏迫る、眩い光の中で浮き上がった黒。

 それが最初の記憶。


 黒く見える、とは言っても、その人が影のように、黒く塗り潰されて見える訳では無い。

 眼、鼻、口、顔の造形から身体に至るまで、全て普通の人と同様に認識出来る。

 ただ、その人から滲み出るように、黒いもやに似たオーラが見えるのだ。

 正真正銘の人間でも、力の強い者であれば時折見える事があるが、それは大抵青や赤など色とりどりで、黒く見える事は無い。

 どんな悪人でもだ。


 後から聞いた話だが、どうやら私の眼は少し特殊で、人と魔族を見分ける事が出来る〝神眼しんがん″と言うものらしい。


 この世界では、千年前の大戦の事もあって、人と魔族は永遠に相容れないものだと認識されている。

 でも、人に善人と悪人がいるように、少数派だが魔族にも争いを好まない者はいる。

 その者達は人間に化け、ひっそりと人に混じって生活していた。


 そんな人達にとって、私の存在はうとましいものだったろう。

 何せ、どれだけ上手く化けようと、私の眼は見破ってしまうのだから。

 これが、状況の判断を出来る年頃ならばまだ良い。

 だが、幼い私にそんな事が分かるはずも無く、生来の性格も相まって、黒く見える人を片っ端から指摘していった。


 村にやってきた旅人。

 村人の親戚だと名乗る人。

 元村人だと言う人。

 憲兵団の人。

 行商人。


 当然、空気も読まずにそんな事を言えば、周りから疎まれるのは当たり前。

 私は頭のおかしい子供として後ろ指を指され、一歳下の弟も白い目で見られていた。

 両親からも、そんな事を言わないよう止められたが、何が悪いのか分からなかった私は、口を閉じること無く過ごしていた。

 そんな時だ。

 扱いに困り果てた両親が、巡礼の旅の帰りだった神官様に私を預けたのは。

 ちなみに、この時の神官様が後の神官長様であり、私に〝神眼″の事を教えてくれた人である。


 それが、十歳の誕生日の前日の事。


 泣きながら私を追いかけようとする弟と、それを止める父、気味悪そうにこちらを見る母の目が、故郷での最後の思い出。


 それから私は、神官様と一緒に三女神様をまつる三神教の総本山、聖教国最北端に位置する霊峰マグニフィカにある大神院へとおもむき、そのままそこで生活を始めた。


 はたから見れば、父母が私を捨てたように見えるかもしれないが、私は別に二人を恨んだ事は無い。

 預けられた当初は、何故と言う疑問が尽きなかったが、眼の事について説明を受けた後は、自分でも驚くほどあっさりと受け入れてしまった。

 であるならば仕方ない、と。

 むしろ感謝しているぐらいだ。

 村にいれば、絶対に教わらなかったであろう知識や見識を得られ、この眼との付き合い方も教えてもらえたのだから。


 大神院で暮らし、神官見習い、準神官を経て、神官となった十八歳のあの日、私は早々はやばやと巡礼の旅に出た。


 大多数の者が護衛を付けたり、複数人で共に旅に出る中、私は一人で大神院を後にした。

 それは、自分一人の力で旅をしてみたかったと言う理由もあるが、単に一緒に旅をしてくれる人がいなかっただけの話でもある。

 どうやら私は、思った事や感じた事をすぐに口に出してしまうらしく、周りの人に注意され、ある程度改善したものの完全に治すことは出来ず、その事が原因で敬遠されていたからだ。

 いくら女神様に仕え、博愛を旨とする神官とは言え、人は人。

 好きな人、嫌いな人。

 得意な人、苦手な人。

 喜怒哀楽の感情がある以上、協調性に難のある私が遠巻きにされるのは仕方がない。

 そして私は、一人でいる事が苦では無い。

 だから、一人で旅に出る事も辛くなかったし、悲しくも無かった。


 旅立つ私に、神官長様は言った。

「貴女は、人として欠けているものがあります。この巡礼の旅で、それが埋まる事を祈っています」

 と。

 私が、人として欠けているものがあるのは自覚していた。

 でも、具体的にそれが何なのかは分からない。


 旅の最中、私を襲ってきた人達も魔族の方達も、私と会話をすると何故か皆、異様なものを見るような目で見た後、逃げて行った。

 もちろん、全てがそうだった訳ではなく、通りがかった人や、巡回していた騎士の方に助けてもらった事も多く、私としても運が良いと常々思う。

 これも女神様の御加護の賜物たまものだろう。


 それからも悶々と考えながら旅を続け、聖都アトリピアにある大神殿を経て今に至っても、未だに分からない。

 この旅が終わるまでに、欠けたものが分かるのだろうか、埋まるのだろうか、そして私が神眼を持って生まれた意味とは。

 漠然ばくぜんとした不安を感じていた時、今回の出来事が起こった。


 猛烈な暑さに見舞われ、倒れた私に襲いかかる野盗の人達と、それを退ける二人の旅人。


 二人を見て、その鮮烈なオーラに目を奪われた。


 まず、最初に私を助けた、金色の髪と深紅の眼を持つ人。

 太陽の様に眩い白金と、そこに閃光の様な紅が走っている。

 でも決して攻撃的な訳ではなく、全てを包み込む暖かな色合いをしていて、ずっと見ていたい気分になる、そんな色だった。

 聖都で聖騎士様を見かけた事があったが、ここまで美しい色はしていない。


 次に、漆黒の髪とすみれの様な紫色の眼をした魔族。

 特にこの人は衝撃的だった。

 他の魔族とは似て非なる色。

 宵闇の様な漆黒のオーラに、舞い散る黄金と時折はしる紫電。

 全てを飲み込むをしていながら、他者を受け入れない、いや、他者に踏み込ませない、確固とした意志をうかがわせる色。

 でも、目を離すことが出来ない。

 外見同様、そのあまりにもな美しさに、思わず私はおそれた。


 いくら悪党とは言え、彼が容赦なく人を殺した事は未だに許し難いが、きっと理解し合えると私は思う。

 確信している、と言ってもいいかも知れない。

 その最たる理由は、どうやらこの太陽の様な人が、彼が魔族である事を知っている節が見られたからだ。

 知っていながら、共に旅をしている。

 性質も色も正反対。

 それでも一緒にいる二人。

 そんな彼と理解し合えないわけがない。


 相互理解の第一歩は相手を知る事。

 だからまず私は、魔族である彼の事を知りたいと思ったのだ。


 この二人と知り合えたのを切っ掛けに、私に欠けた何かが分かる、予感の様な希望を持ちながら。


-------------------


「あの、イヴルさん」


 ノエルがそう訊ねると、ルークの隣に座っていたイヴルは、わずらわしそうにチラッと視線を寄越しただけで、また進行方向へと戻した。


「さっきから何を見てらっしゃるんですか?」

「前」

 ノエルの質問をバッサリと切り捨て、単語で返すイヴル。

「ま、前……ですか……」

 取り付く島もないイヴルの態度に、ノエルは困惑気味にそう返した。


 ノエルにしてみれば、なぜイヴルがこれほどまでに自分に冷たいのか、まるで分からないと言った所だろうか。

 確かに、イヴルに対して平手打ちはかましたが、あれはどう見てもイヴルに非があるのであって、自分は間違っていない、そう思っているが故だ。

 ノエルがルークに目配せすると、丁度よく目が合う。

 が、ルークはフルフルと小さく、静かに首を振った。

 この状態のイヴルには、何を言っても無駄だから諦めろ、と顔に書いてある。

 一瞬考え込んだノエルだったが、やはり諦めきれないらしく、意を決した表情で再度イヴルに話しかけた。


「あの、イヴルさん。どうしてそんなに怒っていらっしゃるんですか?」

「怒っていない」

「怒っています。その証拠に、私とまともに会話しようとしないではありませんか」

「あんたとは会話する価値が無いからだ」

「価値?価値ってなんですか?価値が無ければ会話をしてはいけないんですか?」

「ノエルさん、それ以上は」


 段々と、相手を責める口調になっている事にノエルは気が付いていない。

 慌てて止めるルークの言葉を無視して、さらにノエルは言葉を重ねる。


「価値なんてものは後から付いてくるもので、最初から価値を求めて会話なんてしてはいけません。お互いを知る為に会話と言うのはあるんですよ。女神様の教えでも、そうあります。汝、慈愛と許容を持って相手と接すべし、と」

 つらつらと、まるで教導師の様に話すノエル。

 それが鬱陶うっとうしかったのか、イヴルは苛立ちをあらわに舌打ちをした。

 同時に、空気が切れそうなほど鋭くなる。

「おい。いい加減その説教くさい口を閉じろ。耳障りだ」

 いつもより数トーン低い声。

 同時に、周りの気温も数度下がったような感覚を覚える。


「いつ、私がお前と話をしたいと言った?女神の教えを知りたいと言った?そんなものクソ喰らえだ。どんなものであれ、自分の考えを持つのは良い。だがそれを押し付けるな。特に頼まれてもいないのなら、それこそ論外だ。迷惑以外の何ものでもない。そんな簡単な事も分からないのなら、一生口を閉じていろ。反吐が出る」


 イヴルは口調こそ冷静なものの、次の瞬間、ノエルを殺してもおかしくないほどの気配をたたえている。

 万が一にもそんな事が起こらないよう、ルークも気配を張り詰めていく。

 一触即発、と言った言葉がよく似合う光景だ。

 突き刺さるような極寒の空気に、前方のリードも気が気でないのか、手綱を握る手が汗ばんでいた。


 イヴルの射貫く様な目を受けて、思わず息が詰まるノエル。

 だがすぐに、負けるわけにはいかないと、イヴルを睨み返した。


「押し付けているつもりはありませんでしたが、そう受け取らせてしまった事は謝ります。しかし、私は自分の考えが間違っているとは思いません。女神様の教えは素晴らしいものです」

「間違っている間違っていないはどうでもいい。俺が言いたいのは一つだけ。〝黙れ″だ」


 イヴルは、ノエルへ投げつける様に言い放つと、それ以上会話をするつもりは無いとばかりに、また前方の夕陽に視線を戻した。

 同時に、先ほどまで満ちていた殺気が霧散する。

 ふうっと嘆息するルーク。

 リードは安堵からか、ほっとひと息吐いた。

 ノエルだけが、やはり納得のいかない表情をしていたが、それ以上場を荒らす事は避けるべきだと判断したらしく、難しい顔のまま口をつぐんだ。


 なんとか穏やかなひと時が戻ってきたと安堵したのも束の間。


 後方から微かに、雄叫びの様なものが聞こえてきた。


 リード以外の全員が振り返り、声の聞こえた方へ視線を向けると、そこには馬に乗り、武器を掲げて真っ直ぐリードの馬車目指して駆けてくる一団があった。

 目を凝らして見れば、身なりからして昼に遭遇した野盗の仲間だろうか。

 まだ距離が開いている為、はっきりとは聞き取れないが、口々に罵声ばせいや恨み言を叫んでいる所から、復讐である事は明白だ。

 数は十騎。


ようやくお出ましか!」

 イヴルは、待ってましたと言わんばかりの勢いで、馬車から身を乗り出す。

「えっ!?何!?何です!?」

「っ!?どういう事だ!」

 御者台でわたわたするリード。

 驚いて詰問するルークに、イヴルは不敵な笑みを浮かべて答えた。

「どういう事も何も、お前が制止したおかげで一人のがしただろ?そいつが仲間を引き連れて来ただけの話だ。まともな頭をしていれば、さっさと身を隠すのが常道だが、連中そこまで利口じゃなかったらしい。一番の愚策、仲間をひきいての報復に来るんだからな」

「昼の残党か……」

「……えっ!?まさか野盗ですか!?」

「ええ。まだ距離はありますが、追いつかれるのも時間の問題でしょう」

 ようやく事態を理解したリードは、顔色がどんどん青くなっていく。

 ルークも唇を噛み締めて、幾分悔しそうだ。

 そんな二人に構わず、イヴルは晴れ晴れとした表情で続けた。

「さあて、鬱憤うっぷんも溜まっている事だし、アイツらにはストレス解消の道具になってもらうとするかな」


 張り切って片腕を回すイヴルに、思わずノエルは声を荒げる。

「いけません!!また人を殺す気ですか!?」

「当たり前だろ。お前、死にたいのか?」

「そうは言っていません!あの人達を殺さずとも無力化するだけで良いでしょう!?」

「なんだ?縄で縛って転がせとでも言うつもりか?」

「そうです!その後、憲兵の方か騎士の方に知らせて、捕まえてもらえば良いではありませんか!」

「まだるっこしいな。そんな面倒な事せずとも殺した方が手っ取り早い」

「駄目です!!あの方達は生きているのですよ!?」


 再び言い合いを始めた二人を見て、ルークは頭を抱えたくなった。

 そうこうしている内にも、どんどん野盗達はこちらとの距離を詰めている。

 馬車と単騎の馬では、そもそもの機動力が違う為、仕方のない事なのだが。


「では、僕が行きます。僕であれば、出来る限り野盗達を殺さないと約束しますから。それでいいですね?」

「絶対に殺さないで下さい」

「……分かりました。イヴルも、それでいいな?」

「…………」

「イヴル」

「分かったよ。ぎゃあぎゃあうるさい女と留守番だなんて、業腹だが仕方ない」


 ルークは頷くと、ガチガチ歯を鳴らして涙目のリードに声をかけた。


「リードさん」

「ひゃっ!は、はい!!」

「リードさんはこのまま馬車を止めずに走って下さい。今の状況では、止まった方が囲まれてしまい、逆に危険ですので」

「わ、わかりましたっ!よろしくお願いします!」

 リードは、赤べこの様にカクカクと首を縦に振った後、手綱をしっかりと握り直した。


「では行ってきます」

「気が向いたら援護射撃ぐらいはしてやるよ」

「お気をつけて」


 馬車から飛び降りるルークに向けて、イヴルとノエルはそう言って送り出した。


 いくら低速とは言え、移動している馬車から飛び降りれば、普通はその差異から、つんのめるか転んでしまうのだが、ルークはそれを上手く計算して着地すると、そのまま間髪入れずに駆け出す。


 ジージーとやかましい虫の声を置き去りに、蒸し暑い熱気を切り裂いて疾風の様に走りながら、ルークは腰の剣を引き抜いた。

(さて、ノエルさんにはああ言ったが、どうするか……)

 ノエルの無茶な要望に軽く辟易へきえきしていると、眼前から迫る土埃の勢いが増す。

 それと共に、馬の走る地響きの様な音と、男達の怒号も大きくなる。

 もはや、野盗一人一人の顔が判別出来るほどだ。

 隊列は鶴翼かくよく

 先頭二人から後ろへ斜めに広がっている陣形である。


 野盗達も、目の前から走ってくるルークに気付いたのか、各々鋭い顔つきで武器を構え始めた。

 その様子に、昼にあった隙は見当たらない。

 一対十。

 しかも相手は騎馬状態。

 常識的に考えれば勝ち目は薄く、何だったら馬でき殺されるかもしれない状況で、それでもルークは臆せず走った。

 こんなもの、大戦の時に比べたら屁でもない、とでも言うように。


 接敵。


 先頭の二人が、ルークに向かって剣を構え、首を切り落とそうと振り下ろす。

 交差して迫る剣を前に、ルークは冷静に剣の攻撃範囲を見極める。

(まずは足だな……)

 一瞬にも満たない時間で、相手の狙いが自分の首であると判断するや否や、即座に屈んで回避行動を取り、それと同時に鞘も使って、走っている左右の馬の脚を薙ぎ払う。

 切断する事や叩き折る事も出来たが、馬に罪は無い、等と言う甘い考えがぎった末、転ばす事にしたのだ。


 驚いた馬が弾け、乗っていた二人を落とす。

 それにつられるように、後ろを走っていた馬も次々に驚き、また倒れた馬につまずいて騎乗者を振り落とした。

 地面に叩きつけられた野盗達の、短く濁った悲鳴が聞こえる。

 あまり練度の高くない馬だったのが幸いした。

 訓練を積んだ軍馬では、こうはいかなかっただろう。

「チッ。さすがに全騎は無理だったか」

 僅かに顔をしかめてこぼすルーク。

 馬から落とせたのは七人だけ。

 残り三騎は、そのまま迂回するようにルークを避けて馬車へと走っていく。


 と、突然馬車から放たれた、幾筋もの赤い光弾が、その三騎目掛けて炸裂する。

 激しい爆音と衝撃、そして舞い上がる土煙。

「イヴルか!」

 ルークは反射的に目をつむった。

 直撃を受けていれば、爆散していてもおかしくない威力だ。

 が、目を開いてみれば、馬も、それに乗っていた人間も無事だった。

 ただ、馬は野盗達を落とした後、あらぬ方向へと逃げて行ったのだが。

 一方の野盗はと言うと、地面に転がってうめいていた。

 土にまみれてはいるが、なんとか生きているらしい。


 加減を覚えてくれたのか、と一瞬淡い期待を抱いたルークだったが、すぐに馬車にノエルがいた事を思い出し、ああ邪魔されたのか、と打ち砕かれた。

 実際の所はどうだったのかと言うと、ルークの考えた通りである。

 走ってくる野盗達目掛けて、イヴルが魔法を放とうとした瞬間、ノエルが抱きつく形で邪魔をした結果、照準が狂い、野盗達の手前で着弾したのだ。

 この時のイヴルの内心は察して余りある。

 ガチでぶっ殺すぞ、このクソアマ、だ。


 どうあれ、なんとか野盗達全ての足を止めることには成功した。

 彼等が騎乗していた馬は軒並み逃げ去り、今ここにいるのは、山賊の様なボロ服をまとう野盗十人のみ。

 今から走って馬車に追いつくのは厳しいだろう。

 だから、この後彼等が取る行動は一つだけ。

 即ち、ルークを殺す事だ。


 呻きながらも、血走った目で立ち上がった野盗達は、ルークを円形に取り囲む。

 少し離れた位置で転がっていた三人も、すぐに立ち上がると、取り囲む群れに合流する。

 各々、手には剣や斧、槍に弓、チェーンハンマー等、多彩な武器を持っている。

(さて、ここからが本番だな)

 ルークは改めて気を引き締めると、鞘を剣帯に戻し、持っていた剣を握り直した。


「最初に言っておく。今なら痛い目を見ずに済む。素直に投降してくれないか?」


 囲まれながらも、上から目線でそう言うルークに、野盗達は面食らう。

 そして、言葉の意味を理解すると、全員が不快そうに顔を歪めた。


「あぁ?それはコッチのセリフだ!」

「テメェ、自分の状況が分かってるのか?お前は一人、こっちは十人。どう考えても絶体絶命なのはそっちだろうが!」

「舐めた事ぬかしやがって」

「身ぐるみ剥ぐだけじゃ許さねぇ!なます切りにしてやる!」

「泣いて後悔しやがれ!」


 口々にあざけりとののしりの言葉をルークに浴びせる。

 それを聞きながら、ルークは目を細めた。

 憐れ、とでも言うように。


「……そうか。忠告はした。以後、苦情は受け付けないからな」


 ルークのその言葉を皮切りに、野盗達はルークに襲いかかった。


 まず最初に、ルークの背後にいた男。

 それに続く形で、四方八方から次々と攻撃が飛んでくる。

 後方から振り下ろされた斧を、身をよじってかわし、首を刈り取ろうと一閃された剣と、胴を撫で斬りにしようとした剣を、地面スレスレまでしゃがんで回避し、それを穿うがとうと追いかけてきた槍を転がって避けた。

 地面に数本の槍が突き立つ。

 その流れで、ルークは野盗の股を潜って包囲から抜ける。

 が、それを見越していた野盗の一人が、持っていたチェーンハンマーで、ルークの頭部を破壊しようと振り下ろした。


 破砕音が響き渡る。

 地面が割れ、土埃が舞い上がった事から、この一撃がかなりの重さである事は明白だろう。

 ルークはその攻撃を、あえて相手の懐に踏み込む事で回避した。

 そして、相手の鳩尾みぞおちに拳を一発。

 口から唾液を吐き出し、呻いている所であごに掌底を喰らわせる。

 脳が揺さぶられ、即座に意識を消失した野盗は、仰向けに倒れ動かなくなった。

 まずは一人、と思ったのも束の間、追撃の手は緩まることなくルークに向かう。


 ルークは、眼前から突き出された二本の槍の柄を剣で切り落とすと、さらに一歩踏み込んで、先ほどと同じように一人は掌底で倒し、隣にいたもう一人を、剣の柄で殴って昏倒させる。

 続いて、後ろから袈裟けさ斬りに振り下ろされた剣を横に跳んで躱し、がら空きになっている野盗の上半身に向かって回し蹴りを放つ。

 結構な威力で蹴ったので、野盗は錐揉きりもみしながら飛んで行き、もう一人の槍を持っていた野盗にぶつかって停止した。

 地面を三回転した二人は、どちらも動き出す気配が無い。

 これで半分片付いた。


「テ、テメェッッ!!ふざけんなあぁぁ!!」

「死にやがれクソがあぁぁ!!」


 雄叫びを上げ、前方にて斧を振りかぶる男と、罵声を上げて後方から迫る、剣を突き出した男。

 ルークが優先したのは後方の男だ。

 剣を突き出している為、下手に避けると斧を持った男に刺さり、死んでしまう可能性があった為である。


 ルークは跳躍ちょうやくし、突き出された剣に乗って相手の腕を封じると、男の頭部に回し蹴りを見舞う。

 パアンッと良い音が鳴り、男の目がグルンと回って白くなり倒れる。

 そこから、剣が落ちきらないうちに、ルークは後方へ一回転して斧の男の背後へ着地した。

 そして、驚く相手の肩へとかかと落としを喰らわせる。

 ボギギッと、男の肩の骨と鎖骨が折れる音が聞こえた。

「ガッ――!!」

 男は短い悲鳴と共に持っていた斧を落とす。

 ゴトッと重い音がした。

 痛みなのか怒りなのか分からないが、真っ赤になった男の顔を眺めながら、ルークは男の首に手刀を放って意識を奪った。


 ほっと、ひと息つく間も無く、ルークの背後から短剣が放たれる。

 それを皮一枚で避けると、その行動を読んでいたかのように、進行方向へ向けてさらに暗器が投げられる。

 棒状の針の様な器具だ。


 ルークは、ヒュッと僅かに息を呑む。

 暗器が頬をかすめ、ツッと一筋の血が流れた。

 地面に手を着き、横に転がって回避する。

 ダダダッと、暗器が追うように地面へ連なって刺さった。

 この辺りは一体が荒野になっていて、遮蔽物しゃへいぶつになりそうな物は無い。

(であるならば……)

 ルークはすぐに体勢を立て直して剣を握り直し、暗器を投げてくる男に向かって一歩踏み出した。


 そして、思い切り剣で地面を抉る。


 間欠泉のように噴き上がった土砂。

 一瞬にして視界を奪われた男は、瞠目どうもくして動きを止めてしまう。

 その隙をついて、土の幕から飛び出したルークは、男の胴体に跳び蹴りを繰り出す。

 勢いよく吹っ飛んだ男は、すでに転がっていた仲間にぶつかると、微かに呻いた後、がっくりとこうべを垂れて意識を失った。


 のこり二人。

 鎖鎌を持った男と弓を持った男だけだ。


 ここまで来ると、さすがに向こうも尻込みしてしまうのか、ジリジリと距離を取るだけで、なかなか仕掛けてこない。

 それどころか、何を思ったのか、鎖鎌の男がルークに話しかけてきた。


「お前、なかなかやるな」

「それはどうも」

「どうだ?オレ達の仲間にならないか?お前なら副首領の座も夢じゃないぜ?」

「断る。僕は犯罪者になるつもりは無い」

「はっ。つれないねぇ。オレ達だって好きでこんな事してる訳じゃないんだぜ?なあ?」


 そう言って、鎖鎌の男は隣にいた弓の男に目配せする。

 それだけで意図を理解したらしく、弓の男も頷いて同意した。


「ああ、そうだとも。オレ達は食い扶持ぶちに困って、こんなやりたくも無い事をしてんのさ」

「町で真面目に働けばいいだろう?」

「冗談だろ?毎日真面目に働いても税でほとんど取られ、手元に残るのは雀の涙。それなら、こっちの方が実入りが良い。税も払わなくて済むしな」

「普通の、大多数の善良な人達はその生活をしている。言い訳にならないな。第一、税金は町の治水や整備に使われるのだから仕方ないだろう。それに、例え生活が苦しかろうと、犯罪に走っていい理由にはならない」

「……アンタのようなおキレイな人間には分からないだろうさ。オレ達みたいな、底辺の人間の事なんか、なっ!」


 言い終わるや否や、弓の男が一瞬の動作で矢をつがえ放つ。

 ビッと空気を裂く音と共に、ルークへ矢が襲いかかるが、ルークはそれを片手で受け止めた。

 パシッと乾いた音を立ててルークの手に収まった矢を見て、放った男が苛立たし気に叫んだ。


「クソが!!即効性の毒が塗ってあるんじゃねぇのかよ!!」

「毒?」


 言われてルークはピンと来た。

 ルークが躱し損ねた暗器、どうやらあれに毒が塗ってあったようで、この二人はその毒が効いてくるのを待つ為に、あえて自分と会話をしたのだと。

 だが、残念ながらルークは女神の加護によって毒等、有害物質を無効にする体質となっている。

 いくら待っても毒が効いてくる事は無いだろう。


「残念だが、僕に毒は効かない。諦めるんだな」

「チィッ!っざっけんなぁ!!」


 弓の男は怒声を上げ、さらに第二第三の矢を矢継ぎ早に放つ。

 それに合わせる様に、鎖鎌の男も鎖の方をブンブンと回し、勢いをつけてルーク目掛けて放つ。

 ルークは、これらを前傾姿勢で避けると、そのまま野盗達に向かって駆け出し、手に持っていた矢を、弓の男の手に向けて放った。

 弓に番えて打つのと遜色そんしょくない速度だ。

 矢は狙い違わず、男の手の甲に突き刺さる。

 赤い鮮血がパッと散り、男のギャッと言う声がルークの耳に届いた。

 そして、反射的に弓を落とした男へ肉薄し、剣の柄で男の頭を殴る。

 軽く地面から浮き、倒れる男。

 弓の男が意識を失ったかどうか確認することなく、ルークは次なる鎖鎌の男に向かう。


 男は鎌を蛇のように不規則な動きで操り、ルークに向かって繰り出す。

 迫り来る鎌を油断なく避けるが、男が手元の鎌を少し動かしただけで軌道が変わり、ルークの腕を斬りつけた。

 それなりに深く斬られた為、鮮血が散るだけでなく、腕を伝って落ちていく。

 僅かに顔を顰めるルークだが、動きは鈍らない。

 男は微かに驚いたが、構わず鎖を操りさらにルークに攻撃を仕掛ける。

 ついでに鎌を回収する意図もあったのだろう。

 ルークの頬が裂かれ血が流れる。

 鎖鎌の男まであと数歩。

 ここまで来れば、鎖鎌の意味は無くなる。

 あくまでも鎖鎌は、中距離から遠距離攻撃の為の武器であるが故に。


 ルークは、男の手を剣で切り裂き、その鳩尾みぞおちを蹴って飛ばした。

 見事に吹っ飛び、地面を転がる男。

 うつ伏せで止まった男から離れた所で、手から離れた鎌が、サクッと地面に刺さった。


「ゲホッ……。さすがだなアンタ……」

「まだ喋れる余裕があるのか」

「さすがに、動けないがな……。だが、くくく……」


 顔を、身体を土で汚しながら、無様に這いつくばった男は不意に笑った。

 ルークは眉を寄せ、訝しげに男を見る。


「何がおかしい」

「ははっ。いやなに、上手く足止め出来たと思ってな」


 会心の笑みを浮かべる男に、嫌なものを覚えたルークが、言葉の真意を問おうとした時、遠くから爆発音が聞こえてきた。

 見れば、それは馬車が立ち去った方向だった。


「はははっ!あの時間稼ぎは毒だけじゃなかったのさ!!こっちは陽動!本隊はあっちだ!!ざまあみろ!!はは、ははは!はーはっははははははっっ!!」


 男の哄笑こうしょうが、愕然がくぜんとするルークの耳朶じだを打ち、辺りに響き渡った。






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