第6話 聖女遭遇 中編
私ことノエル・ノヴァーラが、他の人と違うと認識したのは、確か五つか六つの頃。
聖教国、北にある辺境の地。
何の特色も無い、どこにでもある小さな村で、私は家族と共に暮らしていた。
農作業を終えた母との帰り道。
旅人だったのか、それとも村人の誰かだったのか、もう忘れてしまったが、その人のシルエットが墨の様に黒かったのをよく覚えている。
だから私は、私の手を引く母に訊ねたのだ。
「おかあさん。なんであの人、黒いの?」
「黒?ああ、逆光でそう見えるだけよ」
「ぎゃっこう?」
「お日様を背にすると、眩しくてその人が見えなかったり、黒く見えてしまう事よ。さ、早く帰りましょう。日が暮れちゃうわ」
「ふーん?」
振り返った私の目に、黒がゆらりと揺らめいた気がした。
黄昏迫る、眩い光の中で浮き上がった黒。
それが最初の記憶。
黒く見える、とは言っても、その人が影のように、黒く塗り潰されて見える訳では無い。
眼、鼻、口、顔の造形から身体に至るまで、全て普通の人と同様に認識出来る。
ただ、その人から滲み出るように、黒い
正真正銘の人間でも、力の強い者であれば時折見える事があるが、それは大抵青や赤など色とりどりで、黒く見える事は無い。
どんな悪人でもだ。
後から聞いた話だが、どうやら私の眼は少し特殊で、人と魔族を見分ける事が出来る〝
この世界では、千年前の大戦の事もあって、人と魔族は永遠に相容れないものだと認識されている。
でも、人に善人と悪人がいるように、少数派だが魔族にも争いを好まない者はいる。
その者達は人間に化け、ひっそりと人に混じって生活していた。
そんな人達にとって、私の存在は
何せ、どれだけ上手く化けようと、私の眼は見破ってしまうのだから。
これが、状況の判断を出来る年頃ならばまだ良い。
だが、幼い私にそんな事が分かるはずも無く、生来の性格も相まって、黒く見える人を片っ端から指摘していった。
村にやってきた旅人。
村人の親戚だと名乗る人。
元村人だと言う人。
憲兵団の人。
行商人。
当然、空気も読まずにそんな事を言えば、周りから疎まれるのは当たり前。
私は頭のおかしい子供として後ろ指を指され、一歳下の弟も白い目で見られていた。
両親からも、そんな事を言わないよう止められたが、何が悪いのか分からなかった私は、口を閉じること無く過ごしていた。
そんな時だ。
扱いに困り果てた両親が、巡礼の旅の帰りだった神官様に私を預けたのは。
ちなみに、この時の神官様が後の神官長様であり、私に〝神眼″の事を教えてくれた人である。
それが、十歳の誕生日の前日の事。
泣きながら私を追いかけようとする弟と、それを止める父、気味悪そうにこちらを見る母の目が、故郷での最後の思い出。
それから私は、神官様と一緒に三女神様を
預けられた当初は、何故と言う疑問が尽きなかったが、眼の事について説明を受けた後は、自分でも驚くほどあっさりと受け入れてしまった。
であるならば仕方ない、と。
むしろ感謝しているぐらいだ。
村にいれば、絶対に教わらなかったであろう知識や見識を得られ、この眼との付き合い方も教えてもらえたのだから。
大神院で暮らし、神官見習い、準神官を経て、神官となった十八歳のあの日、私は
大多数の者が護衛を付けたり、複数人で共に旅に出る中、私は一人で大神院を後にした。
それは、自分一人の力で旅をしてみたかったと言う理由もあるが、単に一緒に旅をしてくれる人がいなかっただけの話でもある。
どうやら私は、思った事や感じた事をすぐに口に出してしまうらしく、周りの人に注意され、ある程度改善したものの完全に治すことは出来ず、その事が原因で敬遠されていたからだ。
いくら女神様に仕え、博愛を旨とする神官とは言え、人は人。
好きな人、嫌いな人。
得意な人、苦手な人。
喜怒哀楽の感情がある以上、協調性に難のある私が遠巻きにされるのは仕方がない。
そして私は、一人でいる事が苦では無い。
だから、一人で旅に出る事も辛くなかったし、悲しくも無かった。
旅立つ私に、神官長様は言った。
「貴女は、人として欠けているものがあります。この巡礼の旅で、それが埋まる事を祈っています」
と。
私が、人として欠けているものがあるのは自覚していた。
でも、具体的にそれが何なのかは分からない。
旅の最中、私を襲ってきた人達も魔族の方達も、私と会話をすると何故か皆、異様なものを見るような目で見た後、逃げて行った。
もちろん、全てがそうだった訳ではなく、通りがかった人や、巡回していた騎士の方に助けてもらった事も多く、私としても運が良いと常々思う。
これも女神様の御加護の
それからも悶々と考えながら旅を続け、聖都アトリピアにある大神殿を経て今に至っても、未だに分からない。
この旅が終わるまでに、欠けたものが分かるのだろうか、埋まるのだろうか、そして私が神眼を持って生まれた意味とは。
猛烈な暑さに見舞われ、倒れた私に襲いかかる野盗の人達と、それを退ける二人の旅人。
二人を見て、その鮮烈なオーラに目を奪われた。
まず、最初に私を助けた、金色の髪と深紅の眼を持つ人。
太陽の様に眩い白金と、そこに閃光の様な紅が走っている。
でも決して攻撃的な訳ではなく、全てを包み込む暖かな色合いをしていて、ずっと見ていたい気分になる、そんな色だった。
聖都で聖騎士様を見かけた事があったが、ここまで美しい色はしていない。
次に、漆黒の髪と
特にこの人は衝撃的だった。
他の魔族とは似て非なる色。
宵闇の様な漆黒のオーラに、舞い散る黄金と時折
全てを飲み込む
でも、目を離すことが出来ない。
外見同様、そのあまりにもな美しさに、思わず私は
いくら悪党とは言え、彼が容赦なく人を殺した事は未だに許し難いが、きっと理解し合えると私は思う。
確信している、と言ってもいいかも知れない。
その最たる理由は、どうやらこの太陽の様な人が、彼が魔族である事を知っている節が見られたからだ。
知っていながら、共に旅をしている。
性質も色も正反対。
それでも一緒にいる二人。
そんな彼と理解し合えないわけがない。
相互理解の第一歩は相手を知る事。
だからまず私は、魔族である彼の事を知りたいと思ったのだ。
この二人と知り合えたのを切っ掛けに、私に欠けた何かが分かる、予感の様な希望を持ちながら。
-------------------
「あの、イヴルさん」
ノエルがそう訊ねると、ルークの隣に座っていたイヴルは、
「さっきから何を見てらっしゃるんですか?」
「前」
ノエルの質問をバッサリと切り捨て、単語で返すイヴル。
「ま、前……ですか……」
取り付く島もないイヴルの態度に、ノエルは困惑気味にそう返した。
ノエルにしてみれば、なぜイヴルがこれほどまでに自分に冷たいのか、まるで分からないと言った所だろうか。
確かに、イヴルに対して平手打ちはかましたが、あれはどう見てもイヴルに非があるのであって、自分は間違っていない、そう思っているが故だ。
ノエルがルークに目配せすると、丁度よく目が合う。
が、ルークはフルフルと小さく、静かに首を振った。
この状態のイヴルには、何を言っても無駄だから諦めろ、と顔に書いてある。
一瞬考え込んだノエルだったが、やはり諦めきれないらしく、意を決した表情で再度イヴルに話しかけた。
「あの、イヴルさん。どうしてそんなに怒っていらっしゃるんですか?」
「怒っていない」
「怒っています。その証拠に、私とまともに会話しようとしないではありませんか」
「あんたとは会話する価値が無いからだ」
「価値?価値ってなんですか?価値が無ければ会話をしてはいけないんですか?」
「ノエルさん、それ以上は」
段々と、相手を責める口調になっている事にノエルは気が付いていない。
慌てて止めるルークの言葉を無視して、さらにノエルは言葉を重ねる。
「価値なんてものは後から付いてくるもので、最初から価値を求めて会話なんてしてはいけません。お互いを知る為に会話と言うのはあるんですよ。女神様の教えでも、そうあります。汝、慈愛と許容を持って相手と接すべし、と」
つらつらと、まるで教導師の様に話すノエル。
それが
同時に、空気が切れそうなほど鋭くなる。
「おい。いい加減その説教くさい口を閉じろ。耳障りだ」
いつもより数トーン低い声。
同時に、周りの気温も数度下がったような感覚を覚える。
「いつ、私がお前と話をしたいと言った?女神の教えを知りたいと言った?そんなものクソ喰らえだ。どんなものであれ、自分の考えを持つのは良い。だがそれを押し付けるな。特に頼まれてもいないのなら、それこそ論外だ。迷惑以外の何ものでもない。そんな簡単な事も分からないのなら、一生口を閉じていろ。反吐が出る」
イヴルは口調こそ冷静なものの、次の瞬間、ノエルを殺してもおかしくないほどの気配を
万が一にもそんな事が起こらないよう、ルークも気配を張り詰めていく。
一触即発、と言った言葉がよく似合う光景だ。
突き刺さるような極寒の空気に、前方のリードも気が気でないのか、手綱を握る手が汗ばんでいた。
イヴルの射貫く様な目を受けて、思わず息が詰まるノエル。
だがすぐに、負けるわけにはいかないと、イヴルを睨み返した。
「押し付けているつもりはありませんでしたが、そう受け取らせてしまった事は謝ります。しかし、私は自分の考えが間違っているとは思いません。女神様の教えは素晴らしいものです」
「間違っている間違っていないはどうでもいい。俺が言いたいのは一つだけ。〝黙れ″だ」
イヴルは、ノエルへ投げつける様に言い放つと、それ以上会話をするつもりは無いとばかりに、また前方の夕陽に視線を戻した。
同時に、先ほどまで満ちていた殺気が霧散する。
ふうっと嘆息するルーク。
リードは安堵からか、ほっとひと息吐いた。
ノエルだけが、やはり納得のいかない表情をしていたが、それ以上場を荒らす事は避けるべきだと判断したらしく、難しい顔のまま口を
なんとか穏やかなひと時が戻ってきたと安堵したのも束の間。
後方から微かに、雄叫びの様なものが聞こえてきた。
リード以外の全員が振り返り、声の聞こえた方へ視線を向けると、そこには馬に乗り、武器を掲げて真っ直ぐリードの馬車目指して駆けてくる一団があった。
目を凝らして見れば、身なりからして昼に遭遇した野盗の仲間だろうか。
まだ距離が開いている為、はっきりとは聞き取れないが、口々に
数は十騎。
「
イヴルは、待ってましたと言わんばかりの勢いで、馬車から身を乗り出す。
「えっ!?何!?何です!?」
「っ!?どういう事だ!」
御者台でわたわたするリード。
驚いて詰問するルークに、イヴルは不敵な笑みを浮かべて答えた。
「どういう事も何も、お前が制止したおかげで一人
「昼の残党か……」
「……えっ!?まさか野盗ですか!?」
「ええ。まだ距離はありますが、追いつかれるのも時間の問題でしょう」
ようやく事態を理解したリードは、顔色がどんどん青くなっていく。
ルークも唇を噛み締めて、幾分悔しそうだ。
そんな二人に構わず、イヴルは晴れ晴れとした表情で続けた。
「さあて、
張り切って片腕を回すイヴルに、思わずノエルは声を荒げる。
「いけません!!また人を殺す気ですか!?」
「当たり前だろ。お前、死にたいのか?」
「そうは言っていません!あの人達を殺さずとも無力化するだけで良いでしょう!?」
「なんだ?縄で縛って転がせとでも言うつもりか?」
「そうです!その後、憲兵の方か騎士の方に知らせて、捕まえてもらえば良いではありませんか!」
「まだるっこしいな。そんな面倒な事せずとも殺した方が手っ取り早い」
「駄目です!!あの方達は生きているのですよ!?」
再び言い合いを始めた二人を見て、ルークは頭を抱えたくなった。
そうこうしている内にも、どんどん野盗達はこちらとの距離を詰めている。
馬車と単騎の馬では、そもそもの機動力が違う為、仕方のない事なのだが。
「では、僕が行きます。僕であれば、出来る限り野盗達を殺さないと約束しますから。それでいいですね?」
「絶対に殺さないで下さい」
「……分かりました。イヴルも、それでいいな?」
「…………」
「イヴル」
「分かったよ。ぎゃあぎゃあ
ルークは頷くと、ガチガチ歯を鳴らして涙目のリードに声をかけた。
「リードさん」
「ひゃっ!は、はい!!」
「リードさんはこのまま馬車を止めずに走って下さい。今の状況では、止まった方が囲まれてしまい、逆に危険ですので」
「わ、わかりましたっ!よろしくお願いします!」
リードは、赤べこの様にカクカクと首を縦に振った後、手綱をしっかりと握り直した。
「では行ってきます」
「気が向いたら援護射撃ぐらいはしてやるよ」
「お気をつけて」
馬車から飛び降りるルークに向けて、イヴルとノエルはそう言って送り出した。
いくら低速とは言え、移動している馬車から飛び降りれば、普通はその差異から、つんのめるか転んでしまうのだが、ルークはそれを上手く計算して着地すると、そのまま間髪入れずに駆け出す。
ジージーと
(さて、ノエルさんにはああ言ったが、どうするか……)
ノエルの無茶な要望に軽く
それと共に、馬の走る地響きの様な音と、男達の怒号も大きくなる。
もはや、野盗一人一人の顔が判別出来るほどだ。
隊列は
先頭二人から後ろへ斜めに広がっている陣形である。
野盗達も、目の前から走ってくるルークに気付いたのか、各々鋭い顔つきで武器を構え始めた。
その様子に、昼にあった隙は見当たらない。
一対十。
しかも相手は騎馬状態。
常識的に考えれば勝ち目は薄く、何だったら馬で
こんなもの、大戦の時に比べたら屁でもない、とでも言うように。
接敵。
先頭の二人が、ルークに向かって剣を構え、首を切り落とそうと振り下ろす。
交差して迫る剣を前に、ルークは冷静に剣の攻撃範囲を見極める。
(まずは足だな……)
一瞬にも満たない時間で、相手の狙いが自分の首であると判断するや否や、即座に屈んで回避行動を取り、それと同時に鞘も使って、走っている左右の馬の脚を薙ぎ払う。
切断する事や叩き折る事も出来たが、馬に罪は無い、等と言う甘い考えが
驚いた馬が弾け、乗っていた二人を落とす。
それにつられるように、後ろを走っていた馬も次々に驚き、また倒れた馬に
地面に叩きつけられた野盗達の、短く濁った悲鳴が聞こえる。
あまり練度の高くない馬だったのが幸いした。
訓練を積んだ軍馬では、こうはいかなかっただろう。
「チッ。さすがに全騎は無理だったか」
僅かに顔を
馬から落とせたのは七人だけ。
残り三騎は、そのまま迂回するようにルークを避けて馬車へと走っていく。
と、突然馬車から放たれた、幾筋もの赤い光弾が、その三騎目掛けて炸裂する。
激しい爆音と衝撃、そして舞い上がる土煙。
「イヴルか!」
ルークは反射的に目を
直撃を受けていれば、爆散していてもおかしくない威力だ。
が、目を開いてみれば、馬も、それに乗っていた人間も無事だった。
ただ、馬は野盗達を落とした後、あらぬ方向へと逃げて行ったのだが。
一方の野盗はと言うと、地面に転がって
土に
加減を覚えてくれたのか、と一瞬淡い期待を抱いたルークだったが、すぐに馬車にノエルがいた事を思い出し、ああ邪魔されたのか、と打ち砕かれた。
実際の所はどうだったのかと言うと、ルークの考えた通りである。
走ってくる野盗達目掛けて、イヴルが魔法を放とうとした瞬間、ノエルが抱きつく形で邪魔をした結果、照準が狂い、野盗達の手前で着弾したのだ。
この時のイヴルの内心は察して余りある。
ガチでぶっ殺すぞ、このクソ
どうあれ、なんとか野盗達全ての足を止めることには成功した。
彼等が騎乗していた馬は軒並み逃げ去り、今ここにいるのは、山賊の様なボロ服を
今から走って馬車に追いつくのは厳しいだろう。
だから、この後彼等が取る行動は一つだけ。
即ち、ルークを殺す事だ。
呻きながらも、血走った目で立ち上がった野盗達は、ルークを円形に取り囲む。
少し離れた位置で転がっていた三人も、すぐに立ち上がると、取り囲む群れに合流する。
各々、手には剣や斧、槍に弓、チェーンハンマー等、多彩な武器を持っている。
(さて、ここからが本番だな)
ルークは改めて気を引き締めると、鞘を剣帯に戻し、持っていた剣を握り直した。
「最初に言っておく。今なら痛い目を見ずに済む。素直に投降してくれないか?」
囲まれながらも、上から目線でそう言うルークに、野盗達は面食らう。
そして、言葉の意味を理解すると、全員が不快そうに顔を歪めた。
「あぁ?それはコッチのセリフだ!」
「テメェ、自分の状況が分かってるのか?お前は一人、こっちは十人。どう考えても絶体絶命なのはそっちだろうが!」
「舐めた事ぬかしやがって」
「身ぐるみ剥ぐだけじゃ許さねぇ!なます切りにしてやる!」
「泣いて後悔しやがれ!」
口々に
それを聞きながら、ルークは目を細めた。
憐れ、とでも言うように。
「……そうか。忠告はした。以後、苦情は受け付けないからな」
ルークのその言葉を皮切りに、野盗達はルークに襲いかかった。
まず最初に、ルークの背後にいた男。
それに続く形で、四方八方から次々と攻撃が飛んでくる。
後方から振り下ろされた斧を、身を
地面に数本の槍が突き立つ。
その流れで、ルークは野盗の股を潜って包囲から抜ける。
が、それを見越していた野盗の一人が、持っていたチェーンハンマーで、ルークの頭部を破壊しようと振り下ろした。
破砕音が響き渡る。
地面が割れ、土埃が舞い上がった事から、この一撃がかなりの重さである事は明白だろう。
ルークはその攻撃を、あえて相手の懐に踏み込む事で回避した。
そして、相手の
口から唾液を吐き出し、呻いている所で
脳が揺さぶられ、即座に意識を消失した野盗は、仰向けに倒れ動かなくなった。
まずは一人、と思ったのも束の間、追撃の手は緩まることなくルークに向かう。
ルークは、眼前から突き出された二本の槍の柄を剣で切り落とすと、さらに一歩踏み込んで、先ほどと同じように一人は掌底で倒し、隣にいたもう一人を、剣の柄で殴って昏倒させる。
続いて、後ろから
結構な威力で蹴ったので、野盗は
地面を三回転した二人は、どちらも動き出す気配が無い。
これで半分片付いた。
「テ、テメェッッ!!ふざけんなあぁぁ!!」
「死にやがれクソがあぁぁ!!」
雄叫びを上げ、前方にて斧を振りかぶる男と、罵声を上げて後方から迫る、剣を突き出した男。
ルークが優先したのは後方の男だ。
剣を突き出している為、下手に避けると斧を持った男に刺さり、死んでしまう可能性があった為である。
ルークは
パアンッと良い音が鳴り、男の目がグルンと回って白くなり倒れる。
そこから、剣が落ちきらないうちに、ルークは後方へ一回転して斧の男の背後へ着地した。
そして、驚く相手の肩へと
ボギギッと、男の肩の骨と鎖骨が折れる音が聞こえた。
「ガッ――!!」
男は短い悲鳴と共に持っていた斧を落とす。
ゴトッと重い音がした。
痛みなのか怒りなのか分からないが、真っ赤になった男の顔を眺めながら、ルークは男の首に手刀を放って意識を奪った。
ほっと、ひと息つく間も無く、ルークの背後から短剣が放たれる。
それを皮一枚で避けると、その行動を読んでいたかのように、進行方向へ向けてさらに暗器が投げられる。
棒状の針の様な器具だ。
ルークは、ヒュッと僅かに息を呑む。
暗器が頬を
地面に手を着き、横に転がって回避する。
ダダダッと、暗器が追うように地面へ連なって刺さった。
この辺りは一体が荒野になっていて、
(であるならば……)
ルークはすぐに体勢を立て直して剣を握り直し、暗器を投げてくる男に向かって一歩踏み出した。
そして、思い切り剣で地面を抉る。
間欠泉のように噴き上がった土砂。
一瞬にして視界を奪われた男は、
その隙をついて、土の幕から飛び出したルークは、男の胴体に跳び蹴りを繰り出す。
勢いよく吹っ飛んだ男は、すでに転がっていた仲間にぶつかると、微かに呻いた後、がっくりと
のこり二人。
鎖鎌を持った男と弓を持った男だけだ。
ここまで来ると、さすがに向こうも尻込みしてしまうのか、ジリジリと距離を取るだけで、なかなか仕掛けてこない。
それどころか、何を思ったのか、鎖鎌の男がルークに話しかけてきた。
「お前、なかなかやるな」
「それはどうも」
「どうだ?オレ達の仲間にならないか?お前なら副首領の座も夢じゃないぜ?」
「断る。僕は犯罪者になるつもりは無い」
「はっ。つれないねぇ。オレ達だって好きでこんな事してる訳じゃないんだぜ?なあ?」
そう言って、鎖鎌の男は隣にいた弓の男に目配せする。
それだけで意図を理解したらしく、弓の男も頷いて同意した。
「ああ、そうだとも。オレ達は食い
「町で真面目に働けばいいだろう?」
「冗談だろ?毎日真面目に働いても税でほとんど取られ、手元に残るのは雀の涙。それなら、こっちの方が実入りが良い。税も払わなくて済むしな」
「普通の、大多数の善良な人達はその生活をしている。言い訳にならないな。第一、税金は町の治水や整備に使われるのだから仕方ないだろう。それに、例え生活が苦しかろうと、犯罪に走っていい理由にはならない」
「……アンタのようなおキレイな人間には分からないだろうさ。オレ達みたいな、底辺の人間の事なんか、なっ!」
言い終わるや否や、弓の男が一瞬の動作で矢を
ビッと空気を裂く音と共に、ルークへ矢が襲いかかるが、ルークはそれを片手で受け止めた。
パシッと乾いた音を立ててルークの手に収まった矢を見て、放った男が苛立たし気に叫んだ。
「クソが!!即効性の毒が塗ってあるんじゃねぇのかよ!!」
「毒?」
言われてルークはピンと来た。
ルークが躱し損ねた暗器、どうやらあれに毒が塗ってあったようで、この二人はその毒が効いてくるのを待つ為に、あえて自分と会話をしたのだと。
だが、残念ながらルークは女神の加護によって毒等、有害物質を無効にする体質となっている。
いくら待っても毒が効いてくる事は無いだろう。
「残念だが、僕に毒は効かない。諦めるんだな」
「チィッ!っざっけんなぁ!!」
弓の男は怒声を上げ、さらに第二第三の矢を矢継ぎ早に放つ。
それに合わせる様に、鎖鎌の男も鎖の方をブンブンと回し、勢いをつけてルーク目掛けて放つ。
ルークは、これらを前傾姿勢で避けると、そのまま野盗達に向かって駆け出し、手に持っていた矢を、弓の男の手に向けて放った。
弓に番えて打つのと
矢は狙い違わず、男の手の甲に突き刺さる。
赤い鮮血がパッと散り、男のギャッと言う声がルークの耳に届いた。
そして、反射的に弓を落とした男へ肉薄し、剣の柄で男の頭を殴る。
軽く地面から浮き、倒れる男。
弓の男が意識を失ったかどうか確認することなく、ルークは次なる鎖鎌の男に向かう。
男は鎌を蛇のように不規則な動きで操り、ルークに向かって繰り出す。
迫り来る鎌を油断なく避けるが、男が手元の鎌を少し動かしただけで軌道が変わり、ルークの腕を斬りつけた。
それなりに深く斬られた為、鮮血が散るだけでなく、腕を伝って落ちていく。
僅かに顔を顰めるルークだが、動きは鈍らない。
男は微かに驚いたが、構わず鎖を操りさらにルークに攻撃を仕掛ける。
ついでに鎌を回収する意図もあったのだろう。
ルークの頬が裂かれ血が流れる。
鎖鎌の男まであと数歩。
ここまで来れば、鎖鎌の意味は無くなる。
あくまでも鎖鎌は、中距離から遠距離攻撃の為の武器であるが故に。
ルークは、男の手を剣で切り裂き、その
見事に吹っ飛び、地面を転がる男。
うつ伏せで止まった男から離れた所で、手から離れた鎌が、サクッと地面に刺さった。
「ゲホッ……。さすがだなアンタ……」
「まだ喋れる余裕があるのか」
「さすがに、動けないがな……。だが、くくく……」
顔を、身体を土で汚しながら、無様に這いつくばった男は不意に笑った。
ルークは眉を寄せ、訝しげに男を見る。
「何がおかしい」
「ははっ。いやなに、上手く足止め出来たと思ってな」
会心の笑みを浮かべる男に、嫌なものを覚えたルークが、言葉の真意を問おうとした時、遠くから爆発音が聞こえてきた。
見れば、それは馬車が立ち去った方向だった。
「はははっ!あの時間稼ぎは毒だけじゃなかったのさ!!こっちは陽動!本隊はあっちだ!!ざまあみろ!!はは、ははは!はーはっははははははっっ!!」
男の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます