水溶性の上島竜兵

満井源水

水溶性の上島竜兵

「じゃあ、俺がやるよ!」肥後が右手を挙げ立候補する。


「いやここは俺がやるよ!」それを見た寺門も名乗りを上げた。


「……じゃあ、俺がやるよ」上島は、空気に流されて渋々手を挙げた。


「「どうぞどうぞ」」上島の発言を待っていたかのように残りの二人が声を揃える。


 上島は嫌々服を脱いだ。もちろんここまでの一連の流れは予定調和である。


 上島は熱湯風呂の縁に四つん這いになる。


 スタッフが、大きな桶を台車に載せて運び来た。桶は氷水で満たされている。


「押すなよ!押すなよ!」半裸になり、生まれたばかりの子牛のように震える上島が叫ぶ。これはダチョウ倶楽部において言葉通り『準備中だ、まだ押すな』の符牒であった。客の目線が上島に集中する。これから起こる喜劇じみた悲劇へ、数百人の思いが馳せられる。


「絶対に押すなよ!」ゴーサイン代わりの一言。肥後と寺門が上島の背中を押した。


 上島が熱湯風呂に突き落とされる。白波と客の笑い声が上がった。


 すると、上島の体が熱湯風呂に溶けていった。しゅわしゅわと泡を立てる熱湯風呂はしばらくのあいだ白く濁っていたが、すぐに透明になった。


 突然のことに、その場の全員が声も上げられず熱湯風呂を見つめる。無用の長物となった氷風呂が、カランと音を立てた。

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