第74話 花火大会

今日もいつものように、朝食を作り、模試の解き直しをする。塾の夏期講習に追われているうちに、あっという間に夏休みは過ぎる。気づけばもう八月の半ばだ。暑いのでエアコンのきいたリビングで勉強をしていると、二階からお兄ちゃんが降りてきた。


 「おはよう、お兄ちゃん」

「おはよう、朱里」

お兄ちゃんのぶんの、お味噌汁とご飯をよそうとお兄ちゃんは、いただきます、といってご飯を食べ始めた。

「ん、今日のご飯も美味しいね」

「ありがとう」


 そういえば。ふと、思う。

「お兄ちゃんって、朝弱かったよね」

「弱かったって、いうか、今でも弱いけどね」

お兄ちゃんがご飯を食べながら、頷く。

「でも、お兄ちゃんって、自分で起きれないことはないよね」

「まあ、そうだね」

やっぱり、そうだ。でも、だったら。


 「だったら、なんで、私が高校に上がるまで、私が起こしてたの?」

「げほっ!」

急にお兄ちゃんが咳き込んだので、慌ててお兄ちゃんの背中をさする。

「大丈夫?」

「ごめん、大丈夫だよ。それで、ええと……、なんで、朱里に起こしてもらっていたか……だよね?」

なぜかお兄ちゃんがしどろもどろだ。

「それはね、……から」

「え?」

ごめん、なんていってるのか聞こえなかった。私がそういうと、お兄ちゃんは恥ずかしそうにもう一度いってくれた。

「目が覚めて一番に朱里を見れたら、幸せだなって、思って」

「!」


 お兄ちゃんの顔が赤いけれど、私の顔も赤くなっているに違いない。しばらく二人で照れあっていると、テレビのニュースが耳に入ってきた。


 『しばらく、天気は晴れが続き、週末の花火大会も──』


そうだ、花火大会が今週あるんだよね。お兄ちゃんといけたりしないかな。お兄ちゃんは、勉強で忙しいかな。そんなことを考えて、ちらちらと、お兄ちゃんの方を見ると、お兄ちゃんは微笑んだ。


 「いいよ、行こうか」

「いいの?」

私、お兄ちゃんの勉強の邪魔になってないかな。私が不安に思っていると、それもお見通しなお兄ちゃんは笑った。

「花火大会は夕方からだし、それまでちゃんと勉強するから大丈夫」

「やったー! 私も勉強、頑張るね」



 お兄ちゃんに宣言した通り、私は勉強を頑張った。模試の解き直しも、三回やったし、参考書も、二週目に入った。だいぶ基礎学力はついてきたとおもう。でも、お兄ちゃんの志望校はセンター試験よりも、二次試験重視型なので、基礎問題はもちろんなんだけど、応用問題もできないと話にならない。だから、二週目が終わったら、もうワンランク難しい参考書を買う予定だ。


 「朱里、準備できた?」

「もう少しだけまって」

お義母さんに浴衣を着付けてもらい、髪を結う。ショートカットにしてから、だいぶたって、私の髪はもうくくれる長さになっている。お祭りなのでいつもより、高めの位置に、髪をくくって、完成だ。おかしいところはないか、鏡で確認してから部屋を出る。


 「おまたせ、お兄ちゃん。……!」

なんと、お兄ちゃんは甚平を来ていた。私の語彙力がないせいで、うまく言い表せないけれど、どうしよう、めちゃくちゃかっこいい。私が感動していると、お兄ちゃんは照れ臭そうに下を向いた。


 「お母さんが朱里が浴衣を着ていくから、せっかくだから、甚平を来ていけって」

「とってもかっこいいよ、お兄ちゃん!」

「朱里も、可愛いよ」


 二人でからころと下駄を転がして、歩く。花火大会をかねた夏祭りは、たくさんのひとでごったがえしていた。はぐれないように、しっかりとお兄ちゃんと手を繋ぐ。そういえば、お兄ちゃんと手を繋ぐのにもだいぶなれてきたな。


 「あっ、お兄ちゃん、あれやりたい」

「どれ?」

「ええと、ほら、金魚すくい」

「いいよ」

赤い金魚が生き生きと泳いでいる。

「とれたら、ちゃんと責任もって飼うんだよ」

というお兄ちゃんの言葉に頷き、神妙にポイを構える。金魚が浮き上がったタイミングで、ポイで掬い上げようとしたけれど、もうちょっとのところで、ポイが破れてしまった。


 「もう一回しなくて、よかったの?」

「うん、今日は金魚と縁がなかったんだよ」

私がそういうと、お兄ちゃんは笑った。

「逃がした魚は大きいって言うけど?」

「私の一番大好きな魚は絶対逃がさないから大丈夫」

そういって、笑いながら、お兄ちゃんと繋ぐ手を強くした。


 フランクフルト、唐揚げ、焼きそば、わたがし、ベビーカステラ、かき氷。一通り食べ尽くしたら、そろそろ花火の時間だ。花火が見えやすいところに移動する。


 今年も様々な花火がうち上がった。小さい花火が何発も同時に上がったり、大きな花火が上がったり、ハート型の花火がうち上がったり。花火はたくさんうちあがったけれど、花火に照らされたお兄ちゃんを見ていて、あまり花火に集中していなかったことは秘密にしておこう。



 「朱里、花火みてなかったでしょ」

帰り道、お兄ちゃんが爆弾発言をした。私はびっくりして、思わずよろけた。そんな私を支えてお兄ちゃんは笑った。

「わかるよ。あんなに熱烈な視線で見られたら」

うわわわ。ばれてる。すごく恥ずかしい。顔が真っ赤になるのを感じる。恥ずかしくて、うつむいた私のおでこにお兄ちゃんは口づけた。


 「……ずるい」

「いつも、朱里ばっかりずるいから、そのおかえし」

お兄ちゃんは楽しげに笑った。



 プールも行ったし、花火大会もいけたし。今年も、いい夏が過ごせたな。またすぐ、二学期がやってくる。二学期も、頑張るぞ。

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