二章
其の一
社の周りの落葉樹が色づく頃になると、いつも通り
朝からぶつくさと文句を垂れ続けていた彼に祭衣装を着せ、頭に菊と彼岸花をあしらった
最後に目尻と唇に紅を差してやると、それなりに神様らしく見えてくるから不思議なものだ。それこそ
「綺麗ですね」
「ありがとう」
褒めてやれば嬉しそうに笑う。こんな風に笑う顔や、祭の間ずうっと拝殿に閉じこもっていなければならないことに不平不満を並べ立てているところなどは本当に幼い子供のようなのに、鏡を覗き込んだ横顔はすっかり大人のそれで、長く一緒にいたぼくでさえふっと息を呑む瞬間がある。元々凡庸ながらに貧しく、冴えない人の子だった僕としては、やっぱり彼が神様ではない、という事実にはどうにも納得がいかないのだ。こんなに綺麗なのに、と。
「さあ、そろそろ移動しましょうか」
「面倒臭いなあ。別にここにいてもいいんじゃないかなあ」
「駄目です。諦めてください。せっかく綺麗におめかししたんですから」
まだ文句を垂れる彼の手を引き立ち上がらせ、拝殿へ導くと不貞腐れながらも大人しくついてくる。特に盗む必要もない人の目を盗んで境内を眺めれば、既にいくつかの屋台が並んでいるのが見えて途端に彼がそわそわし始めた。本当はこんなところうっちゃっておいて、あの色とりどりの屋台を長めに行きたいのだろう。気持ちは分かる。けれど申し訳ないが、今日は神様としてここで大人しくしてもらわなければいけないのだ。
拝殿の前には急ごしらえに見える木製の小さな舞台が組まれていて、今年の奉納演舞に参加するのであろう幼い少女たちが衣装を着けて所在なさげに座り込んでいる。そのいでたちは今日の彼の装いにどこか似ている気がした。
こうやっていつもの祭りを眺めていると、人の様相や在るものは変わってしまったけれど、雰囲気だけはどれだけ年を経ても変わらない。僕が人であることをやめた、最初のきっかけの日。板間に彼を座らせてその顔を見ると、もうそれほど不機嫌そうには見えなかった。
「じゃあ僕はこれで。後で戻りますね」
「君もここに居たらいいじゃないですか」
「そうはいきません。僕は神様じゃないですから」
「俺だって神様じゃあないんだけどな」
このやり取りだってもう何度目か分からない。そっと拝殿を離れ裏手に回り、元いた僕たちの部屋へと戻る。祭の日はどうしても気が緩むのか、この部屋に勝手に上がりこもうとする不届きな子供や酔った大人たちも少なくない。そういった人たちを脅かして追い払うのが今日の僕の役目だ。
それでも分別のある大人たちから充分言い含められているのか或いは興味が無いのか、それとも申し訳程度に張られた縄の所為か、年々悪さをする人間は少なくなってきている。多分、祭にくる人が減ってきているのも理由の一つなのだろう。そうなってくると僕は完全な手持ち無沙汰で、あれだけ今日は動くな、大人しくしていろと彼に言い置いたにも関わらず、僕は
結局留守居にもものの数時間で飽きてしまい、素足に
参道をふらふらと歩きながら耳にする言葉は、年を重ねるごとに変化を遂げている。それはまるで知らない国の言葉のようだ。僕の足元を駆け抜けていく子供たちは肉付きも骨格もしっかりとしていて皆健康そうに見えるし、浴衣姿で歩く男女は見たことも無い距離感で腕を組み、楽しそうに寄り添っている。
もうこの光景は、来年は見られないかもしれない。祭の賑わいは年々大人しくなってしまっているのもまた、事実なのだ。屋台の間をすり抜けて百段の石段までたどり着けば、あの頃に比べてすっかり減ってしまった稲畑に実る穂が、吹き抜ける秋風にさわさわと揺れている。
村の子としては六歳まで。そしてこの社に連れて来られてからは十七歳まで。形はどうあれ、ここは僕が育った村であり、場所だ。数えてみればめまいが刷るような年月、僕はここで暮らし、ここ以外の場所のことなど知らないで生きてきた。それでもどちらか、と聞かれれば見知らぬ土地へ行くためにここを捨てる不安より、彼と離れて暮らす寂寥の方が僕の中ではずっと大きい。
それならもう、覚悟を決めるより他ないのかも知れない。これが最後の祭になるかも知れないのなら、どうせまた気が遠くなるような長い長い歳月を生きる中で、僕を育てたこの場所をきっと忘れないように、しっかり記憶に留めておこうと思った。
祭囃子と太鼓の音は境内いっぱいに響いている。後で、彼の機嫌をとるために屋台で飴でも買って帰ろう。そういう子供が好みそうなものが好きなのだ。巾着の中に入れた小銭を確かめて
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