狐狸の類

なたね由

一章

其の一

 最後の一歩を踏み込めば、ちょうど百段の石段を上ったことになる。もう何度繰り返したかも分からない所作しょさを終えて、見上げた先には立派ではあるけれど、いい加減寂れてうすぼやけた大きいばかりの拝殿はいでんがある。風もないのに足元でかさこそと舞う落ち葉を無視して拝殿の裏側へ回れば、作りつけられた小屋の入り口、いつも通りに開け放たれた唐紙からかみふすまの奥、畳の上に転がるふさふさとした毛皮が見えた。


「風邪、引きませんか。開けっ放しで、ずいぶん冷えてきましたけど」


 僕が石段を上ってきたことはとうに気付いているくせに振り返らないそれに声をかければ、さも今気付いたと言うようにふわふわと毛の塊が揺れる。くたびれた靴を脱いで部屋に上がる木製の階段を踏むと、ぎいぎいと不穏な音を立てた。此処はどこもかしこもいつ崩れてもおかしくないくらいに朽ちているはずなのに、いつになっても崩れる気配はない。きしむ音に反応してひょこりと起き上がる毛玉はようやく人のような形になり、居住いずまいを正してこちらを見た。


「風邪は引かないって言ったじゃない、いい加減覚えてくださいよ」

「これは時候の挨拶みたいなものです」


 行儀悪く畳に膝を付き四つ這いで近付いてくるから、こちらも腰を下ろしその額をぴしゃりと打てば柄にもなくしゅんとうな垂れてまた正座に戻った。いつまでも子供じゃあるまいし、と思い、そういえば最初に出会ったときから子供ではなかったはずなのにと思い返す。この無邪気ないきものは、出会ったその日から少しも変わる様子がない。中身はもとより、外見もしかり。

 考えてみれば無理からぬことだ。僕が彼とであったその時には、彼はもう既に出来上がっていたのだ。最近、どうしても必要だからと懇願に懇願を重ねてようやく購入を許された肩掛けの白いかばん、エコバッグというらしいその袋の中から、先ほど拝殿を通った時賽銭箱の傍らから回収してきた柿やら栗やらを取り出して畳の上に並べて見せれば、満足げに笑みを浮かべる。その彼の頭には三角形の耳、そして、彼の後ろでぱたぱたと揺れるふくらんだ尻尾。


「夕飯は秋刀魚かな」

「ええ、それもありました。後で焼くので納屋から七輪出しておいてくださいね」

「相変わらず人使いが荒いんですよね」

「あなた、人じゃないでしょう。それに、働かざるもの食うべからず、です」


 実のところ、此処で僕が食えているのは彼の働き、というか彼の存在そのものによるものなのだけれど、その事実に気付いているのかいないのか、ぶつくさと文句を垂れながらも腰を上げ部屋の外へ向かう彼の背を見送る。戴き物の魚と栗を焼いて出せば満足だと言うのだから、夕飯の支度は至って簡単だ。

 靴下を脱いで、外出用ではない雪駄せった境内けいだいに下りれば、冷えた秋の風がするりと爪先を撫でていく。冷える、という感覚はとうに失って久しいはずなのにどうしてだか背筋にじわりと寒気がにじんだ気がした。

 秋が過ぎれば冬が来る。何度繰り返してみても、季節は正しく、じゅんぐりに巡っていくのだ。

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