明日はエヴリンハバル

芙野 暦

平行線・1


 私は、平行線が好きだ。


 ノートの端に、いつも定規を使って、線を引く。

 絶対に交わらないように。

 交わらないっていうのが好きなのだ。安心する。


 私だって、人と交わらなくていいからさ。楽なんだよね。

 

 机の上に書かれた落書きを見る。

 今朝来た時に、殴り書きをされていた。私の悪口が並ぶ。

 

 死ね。

 クズ。

 盗っ人。

 死ね。死ね。死ね。


 よっぽど私のことが嫌いなのだろう。

 どの言葉にも交点がある。交わっているのだ。

 交わる線は、美しくない。醜いばかりで、目も当てられない。

 だからと言って、落書きを消すなんてことはしない。汚いものを見ていると、平行線が余計に美しく見えてくる。


「澄川、XとYの答えは出たか?」


「わかりません」


「じゃあ、次の」


 ぷるりんと脂肪たっぷりのお腹を震わせながら、数学教師は教壇を往復する。太りすぎだと顔をしかめる。あそこまで取り返しのつかなくなるまでに、自分で気が付かなかったのだろうか。あれじゃあ、女性にもてないだろう。事実、クラスの女子は、せっせと内職に励んでいる。塾の宿題や午後にある英語の宿題など、自由に机に広げている。隠れてスマホをいじっている生徒もいる。


 私が通う海陽女子学院高等学校は、伝統のある進学校である。校則では、コンビニの立ち寄りも、帰り道カラオケに行くことも、学校内に携帯を持ち込むことも禁止されている。

 教師陣営の取り締まりが緩くなったのは、高校三年、つまりは今年からだ。明らかにスマホを触っているのに、見て見ぬふり。

 まあ、関わりたくもないだろう。

 没収したら生徒指導室に報告や、保護者に電話入れだってあるらしい。余計な仕事が増えるのであれば、関わらないほうがマシなのだ。


 だけど。

 さっさと没収しろよ、と私は思う。

 斜め前の女子が、その隣の女子とやりとりをしているみたいだ。

 丸メガネの似合わない女子だ。細目を隠しているのだろうが、カバーできていない。

 むしろ目立つ。


 そんな目で、私を見てくるな。

 

 画面を見て、にやにやとしている。


 気持ちが重いなと思った。

 気にしていないつもりでも、私だって人間だ。


 毅然としているつもりでも、やはり、つもり、なのだ。


 心の支えとなりそうな本を読んだ。テレビも観た。


 あなたはあなただから、周りがどうこう言おうと、気にせずいなさい。


 そんなことばかり並ぶ。


 逃げてもいいんだよ、とも。


 なんで私が逃げないといけないのだ。いじめたがりの人は孤独なのだろう。いじめの基本は集団で一人をターゲットにする。実行部隊と観客が、一人をいじめる。観客だって弱者を見てストレスを散り散りにしているのだ。

 自分ではないという安心感の下で、仲間外れになっている私を見て、自分はまだ最底辺にはいないという自己肯定。なんとも情けない自己肯定だろう。


 笑ってしまう。


 

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