第5話 緑子の試練
「じゃあ、部活始めましょうか」
やっと怒りも収めた緑子先生が、にっこりと微笑んだ。
「はいっ!」
5人揃った元気な返事が返ってくる。
……これよ。これが部活よ。
緑子も心の中で満足していた。
だが。
元気な返事はよかったのだが、その後誰も動こうとしない。
「どうしたの? 準備しないの?」
できるだけ穏やかに緑子が促してみると、
「何をすればいいんですか?」
と雅が聞いてきたのだ。
「何って、部活でしょ? ほら、いつものようにやってみせて」
「いつものようにでいいんですか?」
雅が聞く。
「もちろんよ」
緑子が答えると、2人の会話を黙って聞いていた優奈がすっと立ち上がり、部室備え付けの冷蔵庫から、お茶のペットボトルを取り出した。優奈という子は、大人しく無口だが、こういうところに気が利いている。
その後、食いしん坊の詩音が棚からポテチとマカロンを取り出し、幸は茶器を持ってきて、優奈からペットボトルを受け取った春香が茶器にお茶を注ぎ、雅が全員にお茶を配るという、完璧なフォーメーションを新任の先生に披露した。しかも、お茶はちゃんと6人分用意されていたのだ。
「どうぞ」
「あ、ありがと」
雅に勧められて、緑子はつい、皆と一緒にぐいっとお茶を飲んで、はたと気がついた。
……違う、違う。そうじゃない!
「私は部活と言ったはずですが」
と、緑子はとりあえず口に出してみる。
「はい。いつもの部活中です」
雅が何も問題ないと言うふうに、さらっと答える。
「お茶はどうしたの?」
「このお茶はお嫌いでしたか。すみません、今日はこれしかありませんので」
「いや、そうじゃなくて」
「先生がいつものようにとおっしゃるから」
「つまり、これがあなたたちのいつものようだと」
「はい」
「茶道部というのは、通常抹茶を点てるものだと思っていましたが」
「あら、先生。抹茶なんて、できるわけないじゃないですか」
雅は、さも当たり前のように、けろっとして答える。
「あのさ、もう一度だけ聞くけど、ここは茶道部でしょ?」
緑子は念を押した。
「はい。何度もそう言ったと思います」
すると雅は答える。
どうも話が噛み合ってない。
「茶道をするのが茶道部なんでしょ?」
また緑子が同じことを聞く。すると雅が驚くことを言い出した。
「でも私たち、お茶なんか習ったことないんだもん」
ここにきて、緑子は話が噛み合わない原因が初めてわかったのだ。
茶道部の部員たちが、茶道を習ったことがない。どういうことなのか、緑子の頭がこんがらがる。
「茶道部にいるあなたたちが、なぜ茶道を習ったことがないの? ちゃんと説明して」
緑子に促されて、ここで初めて雅は、なぜ今、自分たちが茶道部にいるのか、これまでのことを話した。
外は春の嵐だろうか。風が窓を強く揺らす。緑子の胸もざわついている。
「つまり」
と言いかけて、もう一度緑子は頭の整理をした。
「つまり、この中に茶道を知ってる人は誰もいないってこと、か」
あらためて確認するように全員の顔を見る。
「私は、先生が教えてくれるのかなって思ったんですけど」
と雅が言う。
「私は茶道はやったことないよ」
緑子が答える。
「変なの。じゃあ、なぜ茶道部の顧問が先生なんですか」
雅から言われなくても、自分でもおかしいと思う。
「教頭先生から、土曜日の理事会でこのまま茶道部を続けてよいか理事長にテストをしてもらうから、それまで土曜日までだけど、顧問としてあなたたちに付き添うようにって。来週からは必要ないからって」
「テスト、ですか? 私たち、そんなこと言われてないです」
おそらくそうなのだろう。みんな本気で驚いた様子だ。
「確かにおかしいよね。テストなら、土曜日までの顧問って限定する必要はないわよね。合格したら、そのまま続くわけだし」
緑子はじっと考えてみる。
「それに、テストするって言ったって、何も知らないんだから、合格だってありえない」
独り言のように緑子が呟く。
「先生、それって……」
思わず口にした雅と緑子の目が合う。
「うん。最初から潰す気満々ってとこね」
緑子はみんなの顔を見ながら続ける。
「つまり、本当は最初から潰したかったけど、いきなりそんなことしたらたぶんPTAとかから何か言われる可能性もある。だから、初代茶道部長の理事長のいる場所で、今の部員がまったく茶道部の形にもなっていないとこを見せたら、やむなく同意してもらえるだろうと」
みんな黙っている。
「つまりさ、初めから潰す気だから私みたいな新任の教師をとりあえず顧問に置いておけばいいだろうってとこね」
緑子が力なく笑う。
しばらくして、緑子が雅に、
「理事会の時間とか、いつお茶を出すのか、詳しいことを聞いてる?」
と聞く。
「いいえ、全然」
と雅が答えると、
「わかった。とりあえず当日何をすればいいかだけでも知っておかなきゃね。それは先生が調べるから、今日は解散しなさい」
緑子先生はそれだけ言い残して、部室から出て行った。
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