5章

第228話 ファーストコンタクト





「あなたね!! 夜風よかぜちゃんをたぶらかしたのは!!!!」




 仏頂面で台無しな美人がそんな声を上げていた。バイト先の駐車場での出来事だった。


 事情は……まぁ、だいたい想像がつく。こういうことには割とよく巻き込まれる。美形と呼ばれる自分の顔をあまりありがたく感じられない理由のひとつだった。


「誰だよ」


 こういう手合いを丁寧に相手にするのはムダだ。この顔と体で17年きて学習した。相手がこちらを尊重することは無い。


「とぼけないで! 知らないわけないでしょ!」


「知らない。もういいですか。忙しいのでこれで」


 春休み中は忙しいんだ。いやほんとに。普段よりお客さん増えるから。こんな言いがかり女を相手にしている暇はない。女の隣を抜けて従業員用の出入口へ向かう。


「待ちなさいよ!」


 ヒステリックな声を上げて女が追いかけて来る。そして私の前に立ちふさがった。


「ここで働いてるのに夜風よかぜちゃんのこと知らないわけないでしょ! 墨江すみえ夜風よ、ス・ミ・エ・ヨ・カ・ゼ!」


「お店の人の名前はひとりも知らない」


「そんなわけないでしょ! ぜったい嘘!」


 ホントなんだけどな。あと全部のセリフに「!」つけて喋るのやめてほしい。


 その後も女は「あなたのせいで夜風ちゃんが――!」とか「どうしてくれるの――!」とかいろいろ言われた。でも内容を理解する必要を感じられなかったので脳内で右から左して処理した。何て言ってたんだろ?


 と、その時だった。

 従業員用の扉が開いた。


藤花ふじか! 中まで聞こえてるわよ何やってるの!?」


 店長だった。

 ということはこの女は店長の知り合いか? なら夜風ちゃんとやらは……。


「夜風ちゃぁん……! この子が……この子がぁ……!」


 今にも泣きそうな感じで声を震わせながら、女——藤花とやらは店長に抱きついた。店長はそれを拒否でも歓迎でもなくとにかく受け止めた。


夜風よかぜちゃんですか?」


君影きみかげさんにそう言われるのは違和感がすごいわね……ええ、でもそうよ。私、名前は夜風っていうの。いまさらだけどよろしく」


 夜風ちゃんとやらは店長のことだったらしい。


「私にたぶらかされてるらしいですけど」


「藤花! 違うっていってるでしょ!」


「必死に否定するところが怪しいわ!」


「あなたがしつこいからでしょ!」


「頼りになるって言ってた!」


 それたぶん客寄せパンダ的な意味だぞ藤花ふじかちゃんとやら。


「じゃあ私は仕事の準備するので……」


「あっ、まだ話は終わってな――!」


「藤花ー? 大人しくしてねー?」(ギリギリミチミチ)


「あーっ夜風ちゃん! ダメよこんな場所でそんなに強く抱き締められたら私……! あーっ!」


 抱き……締め……? なんかギリギリミチミチ鳴ってるけど大丈夫か? まぁ私が心配することじゃないか。







「ごめんねー君影さん」


「はぁ」


 始業間際に店長がバックヤードに戻って来た。藤花ちゃんの姿は無い。帰ったのかホールに居るのか知らないけど。店長は少し疲れた様子だ。


「あの子、親戚の家の近所に住んでる子で昔から懐かれてたんだけど、4月からこっちの大学に進学してきたのよ。名前は小林藤花ふじか


「親戚の家の近所に住んでる子……他人ですね」


「親戚の家に行った時とかしょっちゅう一緒に遊んでたから」


 しょっちゅうと言いつつ行き来した絶対数ぜったいすうはそう多くはないだろう。進学を期にこっちに来たということは、通えるほど近い位置関係でもないんだろうし。

 それでも懐かれるとは店長もなかなかのタラシなのかも。まあフィリーほどではないにせよ背が高かったりして何だかんだ美人だし店長も。あと私とコミュニケーション取れるくらいには人格者。


「良かったら友達になってあげてね。歳もひとつしか離れてないし」


「それは……もう雲行きが怪しいですね」


 ファーストコンタクトがアレだったもの。敵視されてるのは明らかだ。


「同僚になるとかではないですよね」


「そういう話はないわね今のところ」


 よかった。機械的に対応すれば良いとはいえ目のかたきにしてくる輩が同僚になるのは勘弁してもらいたい。


「あ、でもお店には通うって言ってたわ」


「……」


 春。


 それは出会いの季節らしい。


 ただし……良い出会いばかりだとは誰も言っていない。




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