第227話 誰だよ(4章終)
「というわけで免許を取りたいと思います!」
何がというわけか分からないけど、そういうことらしい。
「この前の件は私にもバイクの知識があれば防げたことです。ならば私も免許を取れば良いのですよ! そうすれば今後似たようなことも起こらないでしょう」
しかしそれができなかったという実績ができてしまった。それを考慮すれば
「風の噂で聞きましたよお姉さん! お姉さんに紹介してもらうと自動車学校の料金がお安くなるそうですね!」
「私じゃなくてもいいけどね」
卒業生の紹介なら割引が効く。明秋でも
高校に最寄りの自動車学校で呼春ちゃんと待ち合わせる。未天の時と同じようなやり取りをした後で無事に入校手続きは完了した。すぐに授業とかを受けられるわけではないので今日は解散だ。
「お姉さん! 今日はありがとうございました! ではまた!」
「またね」
ほんと”お姉さん”って呼んでくるんだよなぁ、呼春ちゃん。自分でOKしといてアレだけど、ちょっとむず痒い……悪い気はしない。
自動車学校の前で呼春ちゃんと別れる。お互いバイト先に向かうためだ。それぞれ逆の方向だった。
呼春ちゃんの後姿をサイドミラーで見送りつつ、いつもの坂——通学路上にある坂—— をエストレヤで駆け上がる。
「……」
3月の下旬。
もう冬も終わりだ。春に片足を突っ込んでいる。
バイクに乗り始めるには良い時期だ。気候については言わずもがな、今から自動車学校に通えば、5月の連休までに路上に出られるかどうかいったところか。間に合えば色々ちょうど良い。
高校の前を通り過ぎる。敷地の桜のつぼみは開きかけていた。新学期になった頃には散ってしまっているかもしれない。
(新学期、か……)
季節が巡った。バイクに乗り始めてから2度目の夏が、秋が、冬が、これから来る。
初めてゆえの苦労や悩み、トラブルもあった。だけどそれも楽しくもあったし、ひとつずつ解決してきた。この1年でバイクがらみのことをいろいろ学習した。
次はもっとうまく、スムーズにやれる。そして楽しむことにもっと意識を向けられるはずだ。行ってみたいところがたくさんあるし、試してみたいこともたくさんある。
「ああ……もう春だ」
(そういえば受験もあるんだった)
バイト先に着いた時にふと思い出した。新学期ということは私たちは3年生になる。つまり受験があった。
大学に行かないという選択をすれば話は別だ。けど進学校たるわが校においてその選択肢はほぼなかった。あと幸い、親も学費は出してくれるようだし。
(何も考えてないんだよなぁでも……)
進路希望調査の用紙を何度白紙で出したか分からない。この高校を選んだ時も、自分の学力で入れる中で1番偏差値高いから選んだだけだったし。
大学もそんな感じで良いかもしれない。少なくとも担任から「
(いや待て)
少なくともバイクが乗れる環境は維持したい。
となると話が変わってくる。この街に住み続けるなら問題ないんだろうけど、例えば東京に行こうものなら維持コストが跳ね上がることが明らかだ。東京に行った時に視界の端に映ったコインパーキングの値段を思い出せ。
(けどアリだな。道しるべが何も無いよりぜんぜん)
偏差値。
あるいはバイクが維持できる環境。
そのどちらが基準でどちらが補助線かは何とも言えない。けど少なくとも「バイクが維持できる大学に行きたいです」と担任に言ったら三者面談コースだということは分かる。大っぴらにはしないでおこう。例え自分にとってどちらが重要か分かり切っていたとしても。
ヘルメットを脱いだ。もろもろにロックをかけてバイクから離れる用意をする。最後にサイドミラーを覗き込んで髪を整えた。
その時だ。背後に気配を感じたのは。
「?」
振り返る。女性が立っていた。高めの背丈にロングスカートが似合っていて落ち着いた印象を受ける。綺麗な顔立ちをしているけど、表情はいわゆる仏頂面で台無しだった。
いや誰?
「……何か?」
「……」
「店の入口でしたらあちらですが」
「……」
何も言わない。そして相変わらず仏頂面だ。この表情がノーマルなのかもしれない。私も無表情だから誤解を与える側だ。それを考えると相手の表情をそのまま受け取るのは避けるべきか。
などと考えていると、女性が口を開いた。
「—— たね……」
「……?」
しかし声が小さくて聞こえない。だから首をかしげると、女性がカッと声を張り上げた。
「あなたね!!
「誰だよ」
お前も、夜風ちゃんとやらも。
4章 fin.
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