第170話 神奈川三浦エリア:スク水の美少女が見えた気がする……!



 どぶ板通り。


 かつては本当にドブがあり、その上に鉄板を敷いて足場としていたらしい。在日米軍の影響か、アメリカンな構えのお店が並んでいて、日本の街並みとは思えない一角も見受けられる。スカジャンが有名だが、他にも土産物店やミリタリー系ショップ、カフェ、そしてヨコスカネイビーバーガーのお店も存在感を放っている。


「~♪」


 フィリーはご機嫌だ。ルンルンだ。今にもスキップでもし始めそうだ。


 そんな彼女の手にはビニール袋が下げられている。中身は先ほどテイクアウトしたばかりのヨコスカネイビーバーガーである。


「本当に食べないの? ヨコスカネイビーバーガーぁ」


「もうお腹いっぱいで入らないよ」


「えー? メグも?」


 無言で頷き肯定する。しかしそれでも私たちがおかしいとでも言いたげなフィリー。だがどう考えてもおかしいのはお前だと思う。いまカレー食べたばかりなのに。


 どぶ板通りを見物しつつ私たちが目指したのはヴェルニー公園だ。フィリーとしてはバーガーは店で食べたかったのだろうが、3人いて1人しか注文しないのはさすがにどうかという判断からテイクアウトにした。となるとそれを食べる場所が必要ということで、ヴェルニー公園はちょうど良い。観光地でもある。


「このあたりは外国人も多いわね」


 フィリーがつぶやく。ヴェルニー公園の手前、上から見るとX字にクロスしている巨大な歩道橋を渡っている最中だった。このあたりの外国人はおそらく米軍基地関係の人々だろう。地図を見る限りショッピングモールと駅の間にあるエリアだし、もともと人が集まりやすいであろうことも想像される。フィリーもここでは目立っていなかった。


 あ、いや、前言撤回。あのクソダサ成金キャップのせいか超目立ってる。すれ違う人たちが怪訝そうな顔をしてフィリーを目線で追っているのがよくわかった。






 ヴェルニー公園はフランス人技師のヴェルニーにちなんだ公園で、フランス様式に整えられた庭園には1700株ものバラが植えられているそうだ。


 三笠公園と同じく海に面している。波打ち際には木製の歩道が伸びており、そこから海を眺めると、対岸の港に係留された艦船を望むことができる。今はイージス艦や潜水艦の姿を見ることができた。


「くぅ……も、もうちょっと近づきたい……! あと反対側からも撮らせて……! 資料的に……!」


未天みそら、落ちないでよ」


 木製歩道のフェンスから身を乗り出し、さらにスマホを構える未天は今にも海に落ちそうだ。しかし聞いてないのか未天は写真撮影をやめない。仕方がないので彼女の腰にそっと手を回していつでも掴めるようにしつつ撮影が終わるのを待っていた。


 一方そのころフィリーもスマホを構えていた。イージス艦や潜水艦や周囲の風景を撮っている―― のではなく、それらを背景に自撮りをしていた。まあ落ちそうではないのでこちらは放っておこう。


「むむっ、スク水の美少女が見えた気がする……!」


「未天……?」


 一体なにを言ってるんだ。彼女の視線の先を見ても潜水艦しかないんだが……。


「くっ! 同じ学校ならプールの授業の時にメグのスクール水着姿が見られたのに……!」


 フィリーコイツは1回うみに落ちた方がいい。

 そのあと私たちは近くのベンチに腰掛けた。3人並ぶとちょっと狭いが、分かれて座るほどでもない。


 ベンチからは色々なものが見えた。青い海と空、公園を行き交う人々。そしてやはり艦船が見えるのはこの街ならではだろう。新鮮な光景だった。空には鳥が旋回している。カモメだろうか。背後を通る幹線道路の自動車の音もにわかに聞こえていた。静寂と喧騒の狭間にある、ちょうど良い賑わいがこの公園にはあった。


「やっと食べられるわ!」


 隣でフィリーがビニール袋をガサガサさせている。テイクアウトしてきたヨコスカネイビーバーガーだ。


 ヨコスカネイビーバーガーは米海軍から提供されたレシピに基づいて作られている。つなぎを一切使わないビーフ100%のパテはシンプルかつ濃厚な味わいが特徴で、さらにパテだけで170g以上という大ボリュームとなっている。まさに本場アメリカの正統派ハンバーガーを体現しているそうだ。


「あ、メグ、動画お願い」


 カメラを押し付けられたので回す。液晶の中では活き活きとしたフィリーが感想を言いながら、こちらにバーガーを向けている。一目でわかるビッグサイズで、トマトやレタスなども入っていて色鮮やかだ。


「じゃあ、いただきまーす!!」


 両手で持ったバーガーを顔に近づけ、それに合わせてフィリーが口を開く。もしかしたらフィリーならひと口で食べられたりして、などと考えていた時——それは起こった。



 バサン!! という音と共に…………バーガーが消えた。



「……は?」


 唖然とした声を上げるフィリー。何が起こったのか分からない私は無言。だがそろってフリーズしていた私たちを解凍したのは未天だった。


「ふ、2人とも! 上!」


 されるままに上を向く。


 たかくてひろい秋の空に、とりが翼を広げていた。



「トンビがハンバーガー持って行っちゃったんだよ!」



「「……」」


 確かによく見るととりは、トンビは、両足で何か白いものを掴んでいる。うん、バーガーが入った包み紙だ。フィリーが持ってたバーガーの包み紙だ。


 視界にふと何かが映り込む。とっさにカメラをそちらに向けた。波打ち際、落下防止用のフェンスにズームする。そこに固定された看板にはこう書かれていた。


 つまり、【トンビに注意!】と。


 フィリーが叫ぶ。


「ああああぁぁあぁあ!! 返せーーーーー!!!!」



 ぽとん。



 包み紙だけ落ちてきた。



「ふざけんなーーーーーーーー!!!!!」


 フィリーの絶叫が、横須賀の街に響き渡った。




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