第171話 神奈川三浦エリア:今と未来


「失礼しちゃうわホントに! ——ンン!♪ 美味しい!」


 何かとこじつけて撮影協力を求めてくるフィリーより、こうして食事に夢中になっている時のフィリーの方が可愛げがある。それは間違いない。

「ガツンと来るビーフの味が最高♪ あむっ♪」

 トンビにハンバーガーをさらわれたフィリーは、地団太を踏んだり地面にあおむけに寝ころんで叫んだりといった錯乱状態を経てようやく落ち着いた。が、案の定「どうしてもヨコスカネイビーバーガー食べたい」と言い出したので、今度はテイクアウトではなくお店に入ってバーガーを食べている。

「もう二度と外でバーガーは食べないわ」

 それは好きにすると良い。

 バーガーを食べに近所のショッピングモール的なところにフラフラと足を踏み入れていたので、幸か不幸か、私と未天みそらのお腹には少しばかり余裕ができていた。そこで私たちがいただくことにしたのが【チェリーチーズケーキ】だった。

「これがチェリーチーズケーキかぁ」

 このチェリーチーズケーキも、ネイビーバーガーと同じく米海軍からレシピ提供を受けたものだ。本場アメリカのニューヨークスタイルチーズケーキと、日本の象徴的な花であるチェリー(桜)のコラボレーションとなっている。

(……これも美味しい)

 横須賀には美味い食べ物しかないのか? そんな気さえしてくる。

「しっとりってレベルじゃないクリーミーさだね。そのへんのチーズケーキを想像しながら食べると驚くよこれは」

「チェリーの甘酸っぱさでケーキの味が引き立つ。チーズケーキに何かトッピングするっていうのも私は初めて」

「うまい!」

 ……フィリーはハンバーガーを食べ終わり、さらにチェリーチーズケーキも食い始めている。フィリーが食べていたバーガー、ポテトも添えてあった気がするんだが。あの見事にくびれたウエストのどこにあれだけの食べ物が収まるのだろうか。

「そういえばすごかったね、スチームハンマー」

 未天がスマホのアルバムを見ながらこぼした。

 スチームハンマー。ヴェルニー記念館に展示されている、かつてこの街で使用されていた工業用機械だ。その名前の通り蒸気スチームを動力源とする、全高約5メートルほどはありそう巨大なハンマーである。

「そうだね」

「ダイナミックで好きよ、ああいうの」

「ゲームにスチームパンク的な要素入れられないかな?」

 あれが日本にやって来たのはなんと江戸時代のことになる。オランダから輸入されたらしい。これの導入により、日本は国内で大型鉄製品を製造できるようになった。日本近代化の一端、物証の1つだ。

「あれが無かったらわたしのSR400も、他のバイクも無かったかもしれないんだね」

 大袈裟な言い方かもしれないが、大間違いでもないだろう。技術とは積み重ねであり、スマホの液晶をONにしたら表示される画像のごとく瞬時に現れたりしない。三笠を見た時と同じように実感する。過去と今は地続きだ。

 そして過去と今が地続きならば、今と未来もまた地続きだ。このスチームハンマーが日本に来た時に生きていた人々は、どんな未来を思い描いていたのだろう。今これを見ている私たちは、どんな未来を思い描けば良いものだろう。高校2年生の私は、1年後の進路だってまだろくに考えていないというのに。

 チェリーチーズケーキに再びフォークを入れる。生地を押し切ったあと、ケーキの底、グラハムクラッカーのクラストがコチリと砕けた。口に滑り込ませると、なめらかな口当たりに混じってゴリゴリとした食感がアクセントになって楽しげだ。チーズの風味と一緒にクラッカーの香ばしさが鼻を抜ける。

「—— 美味しい」

 未来はおぼろげだ。理想的な未来がどんな姿をしているのか、私には分からない。

 ただとりあえず、このチェリーチーズケーキが変わらず食べられる未来であってほしいということだけは確かだ。


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