第165話 神奈川三浦エリア:気に入ってくれたかな



 三笠公園は「水と光と音」をテーマにした公園だ。


 すぐ目の前にある海、空から降り注いで水面で踊る光、響き続ける波の音を感じていると、なるほどそのコンセプトを体現しているようだった。敷地に点在するモニュメントや噴水はその雰囲気を際立たせている。毎年開催されるカレー祭りの会場にもなっており、その日はご当地カレーや護衛艦のカレーを目当てにした人々でごった返す。


 この公園の目玉といえばもちろん【三笠みかさ】だ。

 1902年に竣工した戦艦で、世界三大記念艦に数えられている。日露戦争・日本海海戦では連合艦隊の旗艦としてバルチック艦隊を撃破した。軍縮条約を期に記念艦となり、100年以上の時を経た今でもここ横須賀で海風を浴びている。私たちにとっては教科書の中の出来事でしかない時間を歩いてきた歴史的存在だ。


「おぉー、三笠だー!」


 という反応を示したのは意外にも未天みそらだった。どちらかというとフィリーの方がしそうな反応なのに。


「テンション高いわね。ゲームに出てくるとか?」


「遊んでるソシャゲに出てくるんだよね。これが元ネタなんだと思うとワクワクしてく――あーっ! 衣装のアレは三笠のここの部分だったんだ! なるほどー!」


 おそらくだけど三笠がこの姿でゲームに出てくるわけではなさそうだ。というか確実に美少女とかになってるヤツだと思う。


「うーん、なんだかこの三笠も可愛く見えてきたよ」


 何事も自分なりに楽しめるというのは素晴らしいことに違いない。


「そういえば未天はカレー祭り来たことあるとか言ってなかった? 三笠も初めてじゃないんじゃない?」


「すっごく昔の話だね。ソシャゲをプレイしてたわけでも学校で歴史の授業が始まってたわけでもなかったし、三笠がどういう艦かもわかってなかったから……うん、分からなかったり知らなかったりした価値とか魅力が分かるようになるっていうのは、感慨深いものがあるね」


 過去はモノクロで描かれがちだ。白黒写真が生まれ、しかしそれしか無かった時代は特に。だけど実際は、当然だが過去にも色はあった。綺麗に塗装された目の前の三笠と、きっとその時代と同じ青をしているであろう海と空を見ていると、過去が今と地続きであることを強く感じられた。船首の先に広がる大海原に、この艦は何を見ていたのだろう。バイクにまたがり、ヘルメットから覗く世界と、何か共通点があったりするのだろうか。


 入場料を支払って中を見学して回る。30センチ砲のあるウッドデッキは想像以上に広々としていた。そしてこれがご家庭のにわとかに置かれているやつじゃない本物の木製甲板ウッドデッキか、という感動もあった。


 長官や士官が使っていたらしい部屋はエレガントに作り込まれていて、戦争という余裕のない環境に行く物としては不似合いにすら見えた。もっと機能性を追及した無機質で質実剛健な作りだろうと思っていたからだ。


 あるいは、逆にそういう環境に行くからこそ、居住空間には余裕が演出されているのかもしれない。特に、海に出てしまえばずっと艦内に居ざるをえないのだし。


「ホントにこんな感じなんだなぁ……ふーん……ほーん……」


 未天は艦内の写真を撮りまくっている。どう使うかは分からないけど、資料になりそうなところは撮っておく、らしい。


「メグちゃんそこ立ってもらえる? 人が入った時のサイズ感とか残しときたいんだ」


「え? あ、うん」


 パシャ。


「次はこっち」


「あ、はい」


 カシャ。


「メグちゃんのスマホにライトある? もうちょっと明るい方がいいんだよね」


「あるけど……」


「そこで掲げてて」


「え……はい」


 パシャ。



 ……私は何をさせられているんだ?



「すみませーん、こっちにも視線お願いしまーす♪」


「はいはい」


「グワッ!? 目がッ!」


 どさくさ紛れで調子に乗っていたフィリーにはスマホのフラッシュをプレゼントしておいた。気に入ってくれたかな。




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※三笠艦内での自由な撮影が認められるのは、個人の趣味の範囲であることが条件です。通行阻害や安全上の観点から三脚、一脚、自撮り棒等の使用には十分な注意が必要です。



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