第162話 神奈川三浦エリア:それは人選ミス
『もっとトークしてもらいたいんだけど』
海老名SAで休憩したあと、横浜町田ICに向けて走行中にフィリーが不満を漏らした。
『『それは人選ミス』』
『そんなセリフでハモらないでほしいわ』
トークしてほしいなら明らかにキャスティングを間違えている。私たちにそれを期待するくらいだったら、映像に合成音声ソフトでボイスを後付けした方がマシというもの。未天に脚本を書いてもらうと良い。
『トークのネタならいくらでもあるって言ってたじゃん。場合によっては乗ってあげなくもない』
『恋バナとかいっても無理でしょ?』
『ムリ』
『無理だねぇ』
未天は知らないが、私は間違いなくそんなエピソードはない。
『あとは……「珠玉のぼっちエピーソード」とか、どう!?』
『——小中学校の遠足って、オヤツは何円までみたいなのあったと思うけど』
『あったわね。懐かしい』
『あれ、お菓子を買いに行くっていうのを口実にして友達と一緒に出かけてみましょうっていうイベントなのに、その意図に気が付かなくて一人でお菓子を買いに行ってた』
『え゛、あれってそういうイベントだったの……!? わたし家にあったお菓子を適当に持ってったんだけど……』
『いまのテーマやっぱナシ!! センシティブすぎて動画につかえない!』
せっかく話してあげたのに。
『ぼっちマジ恐ろしいわね……どこに地雷があるか分かったもんじゃないわ』
しかしながら、いつも余裕たっぷりでこちらを手玉に取ろうとしているフィリーを焦らせてやるのは悪くない気分だ――方法は諸刃の剣だったが。
『あ! じゃあ歌ってみたはどうかしら? このインカムの高音質さをアピールできるメグの美声を響かせるの!』
『ごめん。事務所から勝手に歌うなっていわれてる』
『所属事務所教えなさい交渉してくるわ。言えないでしょうけど』
存在しない所属事務所の名称などもちろん教えられるはずがなかった。
『フィリーもアップしてたよね、歌ってみた動画。ガレージにミラーボールは笑っちゃった』
未天が言った。曰く【フィリーモーターサイクル・ガレージ】なるサブアカウントが存在し、そんなことをしているらしい。こいつは一体どこを目指しているんだ。
『自律バイクをバックダンサーにした歌ってみた動画をいつか撮ってみたいわね。こっちがムーンウォークするのに合わせて背後で無人のバイクが後退したりするやつ。どう?』
なんだかすごいところを目指していた。そして思ったより具体的だった。目標を高く持つのは良いことだ。
『録画ボタンくらいなら押してあげてもいい』
『あ!』
『あ』
『……』
横浜町田で東名を降りる。そうすると必然的に現れるものがある。
つまり。
『ほら見てメグ! 料金所よ!』
『嬉しそうにするな』
まるで私が料金所大好き人間みたいじゃないか。
『冗談冗談。今回は料金所抜けたら路肩に寄せて待ってるから。ミソラも分かった?』
『OKだよ。できるだけ左のゲートに行った方がいいよね』
私は一番左の一般レーンへ。そして未天とフィリーは私と並走するようにETCレーンとしては一番左にあるETCのレーンに進んだ。支払いを済ませていると、ゲートを抜けた先の路肩にすぐに2人がバイクを寄せていた。
『お待たせ』
『メグが来るまで1分かかりました』
『校長先生やめろ』
『ま、まだ料金所あるんだよね、この先』
未天の指摘通りで、この先にも料金所はまだある。横浜町田ICに連結している、三浦半島の方へ向かう自動車専用道路は保土ヶ谷バイパスと呼ばれ、その保土ヶ谷バイパスはやがて横浜横須賀道路、通称”横横道路”に接続する。この横横道路が有料区間となっているため、再び料金所をくぐることになる。もっとも、ETCがあれば東名と同じく大して支障にはならない。
しかし、何事にも例外というものは存在する。
(ETCが使えないところ通るっぽいんだよね、ナビのルート)
本町山中有料道路。
横横道路・横須賀ICからJR横須賀駅あたりまでを横断する有料道路だ。なんでもここはETCが使えないらしい。つまりETCを搭載したバイクであっても現金や回数券などで支払いをする必要がある。
(……)
内心で2つの感情がせめぎ合っていた。この先に現金払いが必要な料金所があることを教えるか、教えないかだ。
『楽しみねー、メグ』
『……そうだね』
今決めた。黙っている。未天にも黙っておくことになるのは心が痛むが、彼女の料金もこちらが払ってしまえば良い。スッと現金が取り出せなかったりしてフィリーには焦ってもらうことにしよう。
『あ、ミソラ。本町山中有料道路ってところ通るんだけど、そこは基本現金払いだから承知しといてね』
『えっ、そうなんだ。ちょうど止まってるから準備しとこうかな』
……。
『メグ? 何かを黙ってようと心に決めた直後に隣の人に言われてしまった人みたいな顔してるわよ』
『してない』
『えー? してるわよ』
『無表情には自信があるから』
『えぇ……ロクでもなさ過ぎでしょその自信』
してないったらしてない。
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