第151話 山梨:最適解は
風を強く感じていたい。
なーんて言っていたヤツがいるらしい。
どこのどいつか知らないが――……。
どこのどいつか知らないが!
(寒ぃ……!)
震えていた。
エストレヤの上で震えていた。
(急に寒くなりすぎだろ……!)
笛吹川沿いの道を西進し、増穂インターチェンジから中部横断自動車道に入った。道はまもなくトンネルに入り、と思いきやすぐにまた出たりを繰り返した。
片側一車線で煽られたりしないか心配だったが、幸いにも後続車はサイドミラーの中で小さなサイズのまま変化がない。時折トンネル内の天井がブルーにライトアップされていて、単調なトンネル内の景色に変化を加えていた。
経験上、トンネル内の気温というのはまちまちだ。外気に比べて冷たい時もあれば熱い時もある。C2トンネルは極端に高温だったが、あれは特殊な例だろう。先ほどから通り過ぎているトンネル内は、外と比べると幾分か暖かい。
だがそれも今のうちと思われる。夜が深まるにつれ、トンネル内に残留していた昼間の暖かい空気は次第に外へ流出していく。
そして屋外の、昼間のうちに大地が蓄えた熱はというと、陽が沈むや否や一瞬で空に逃げていったようだ。入れ替わるように山から下りてきたひんやりとした空気が、富士川沿いに広がる家々に押し寄せていた。
(ひょ、標高があるからか……?)
今朝も寒かった。しかし震えるほどではなかったはずだ。何とか我慢できるレベルだった。それに標高だってしれている。少なくとも山中湖よりは低い場所にいる。
(……昼間は暖かかったからなぁ)
思い当たるのはその点か。
昼間との気温の落差。それが寒さを際立たせていた。
(スピード出したくない)
速度を出せば出しただけ風は強くなる。つまり寒さも強くなる。しかしゆっくり走るとそれだけ長い時間を寒い屋外で過ごすことになる。トレードオフだ。速度と寒さと所要時間の最適解は? それを求められるような公式は学校では教えられていない。絶対。
(トンネル出たくねぇ)
そう思った矢先にまたトンネルの出口。冷たい風が全身を包み込む。ついつい背中が丸まり首を引っ込めてしまう。家に着いたら肩が凝っていそうだ。
家に帰ったらいっそ、後ろに積んであるユズでゆず湯にでも
なんてことを考えている内に、中部横断自動車道をだいぶ南まで下ってきた。山をぶち抜いたルートなこともあってか、トンネルと高架の繰り返しだった。トンネルを抜けたらめちゃめちゃ高いところにある高架の上を走っていたりすることもあった。プラスの言い方をすれば飽きの来ない、マイナスな言い方をすれば環境の変化が激しいルートだ。
(これが
目の前に現れたトンネル。樽峠とは静岡と山梨の県境に位置する峠だ。このトンネルはその峠の下を貫通している。全長は5000メートルとトンネル手前の看板に記載があるが、正確には4999メートルの長大なトンネルだ。
(しばらく寒さを回避できそうかな)
曰はく、意図的に距離を5000メートル以下に抑えているらしい。危険物を輸送する車両の通行を可能にするための措置だそうだ。危険物を運搬する車両は全長5000メートル以上のトンネルは通行できない。そういう法律らしい。その規制限界ギリギリの長さで作られているため、危険物を運搬できるトンネルとしては日本で最長となる。という具合に、ちょっとばかり有名なトンネルだった。
(危険物……フィリーは通さない方がいいかもしれない)
なんで!? というフィリーのツッコミが聞こえた気がした。
「はぁー……」
自宅に戻り湯船に浸かっていた。心地良さに思わずため息が漏れていく。
湯船にはユズが浮かんで……いない。代わりにユズ湯の入浴剤が投入されていて、浴室はユズの良い香りで満たされている。
自分が運んできたユズは弟が喜々としてマーマレードに加工中だ。風呂に入れようとしたら普通に奪い取られた。ちょっと怖いぐらいの勢いだったのでこちらが折れた。ホント、料理に関しては異様な情熱を燃やすヤツである。まあそれでこちらは助かっているのだが。
「……」
全身が熱を受け取っている。ライディング中に特に冷えた手先や首元、足首なんかは、血流が良くなっているのだろうか、じんわりしびれるような感覚を味わっていた。
(これからもっと寒くなるんだよな)
静岡県は基本的に温暖だ。冬場になっても沖縄、宮崎の次くらいに雪が降らないし、桜の開花もかなり早い。鹿児島とかと似たようなタイミングで開花する。
しかしそれでも冬場が寒いことには変わりない。それに浜松については遠州のからっ風のせいで体感温度はだいぶ低い。加えて静岡県が比較的温暖ということは、ツーリングで出かけた先は静岡よりも厳しい環境にある可能性が高いということだ。つまり何が言いたいかというと。
(装備がいるなぁ。ジャケットと、あとブーツ)
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