第152話 なぜそこまで言われなくてはいけないのか



 ジャケット。


 寒さに強く、プロテクターも施されたもの。


 それからブーツ。


 短くともくるぶしまで保護できるもの。


 揃えたいのはこの2つか。以前からほしかったものだが、何だかんだで先送りになっていた2つだ。



「あらミソラ、どうしたの浮かない顔して? かわいい顔が台無しよ」


「ああフィリー、実はちょっと悩んでるんだ」


「そうなの? 私でよかったら話を聞くわよ」


「実は……友達と一緒にツーリングに行く予定なんだけど、ツーリング中の意思疏通をどうすればいいか分からなくって……」



 特にブーツに関していえば、安全を考えれば夏でも装備するべきものだ。それにエストレヤの場合、クランクケース(逆三角形が特徴的な車体最下部にある部位)に足首内側を密着させるような体勢で運転することになるが、クランクケースはこのとき非常に高温になっている。

 ブーツほど分厚い生地であればその熱も軽減されると思われるが、現状の普通の靴と靴下程度では正直熱い。その状況を踏まえると、これからブーツを、というのは今更感が強かった。


「確かにバイクだとヘルメットを被っているから声を聞き取りにくいし、伝えづらいわよね」


「止まっている時はまだ良いんだけど、走ってる最中はほぼ無理じゃない? 高速だと信号待ちで止まることもできないよ」


 ジャケットと同じように、ブーツも様々な素材・スタイルのものがラインナップされている。素材なら革はもちろん化学繊維や綿といったもの。

 スタイルでいえばショートかロングか、紐かベルトか、防水かそうでないか、スーパースポーツ向けの機能とデザインを重視したものや、ハイカットの安全靴と大差ないもの(しかし性能としては十分)もある。



「そんなあなたにコレ! インカムよ!」


「いんかむ?」


「マイクとスピーカーをセットにした無線通話装置ね! これをヘルメットに装着すればなんと! バイクを運転中にハンズフリーで近くのお友だちと会話ができちゃうわ!」


「本当!?」


「それだけじゃないわ! ほかにもラジオが聞けたり、スマホに接続して電話に出れたり、音楽が楽しめたりもしちゃうの!」


「すごい!」



 いつものバイク用品店のマネキンを眺めながら考えていた。マネキンは全身を最上級の冬装備で固めていた。ジャケットはダウン+風防機能つき、インナーとグローブは電熱、顔は首から鼻までを覆われたマスクを身に付けている。これなら安全性も耐寒性もばっちりだ。



「通話できる距離は最大約2キロ! フル充電した場合の連続使用時間は約18時間よ! 友達と一緒のロングツーリングでも安心! そしてヘルメットの外観に影響の少ない小ぶりでシンプルなデザイン!」


「マーベラス!」


「さぁこのハイエンドインカムですが」


「ハイエンド! そうだよね。ということはお値段も結構高いんじゃないの?」


「お値段はなんと……29,800円!」


「えー!? こんなにハイスペックなのにそのお値段なの!? 安い! これは安いよ!」


「驚くのはまだ早いですよ!」


「え……ま、まだ何か!?」


「この動画の概要欄にあるリンクからインカムを購入してくださった方限定でなんと……10%オフでお買い上げいただけます! (*’ω’ノノ゙☆パチパチパチパチ!」


「すごい! アメージングッ! ファンタスティック!」


「はい、というわけでちょうどインカムがほしかった方や購入しよう迷っていた方は、ぜひぜひこの機会にお買い求めくださいね。それでは――see you next time!」


「…………なにしてんの?」



 人が考え事をしている隣で海外の通販番組みたいなやり取りが展開されていた。


「案件よ!」


「案件?」


「企業から報酬をもらって動画を作ったりすることね。バイク系の場合はバイクギアを作ってる会社から『使ってみて!』みたいな感じで製品の提供を受けてレビュー動画をアップすることが多いわ」


「ふーん」


「マジ無関心すぎて怖いんだけど。ミソラ、メグって学校でもこんな感じなの?」


「そ、そんな感じだねぇ」


「これは友達いないわ……」



 なぜそこまで言われなくてはいけないのか。


「まあいっか。というわけで、商品レビューに協力してね、メグ」


「は?」


「いやだってほら、インカムってやっぱり通話相手がいなきゃレビューのしようがないじゃない?」


「他の人に頼んで」


「動画に出てくれるって約束したじゃん!」


「……その約束、消費期限切れたよ」


「そんな説明受けてないわ。そちらの落ち度よ。アメリカじゃ訴訟モノね。大丈夫よ。2人をあんまり映す気ないし、映ったとしてもメット被った状態か後ろ姿だろうから顔までは分からない。だからほぼ声だけ! お願い!」


 と、フィリーは手を合わせてこちらを拝んだ。


「……」


 たしかに商品の性質上、会話する相手がいないとレビューは成り立たないだろう。それに彼女との約束もある。半ば脅しというかむしり取られたような約束ではあるが、約束には変わりない。年貢の納め時というヤツだろうか。


 ただ一点気になるのが。



「2人ってどういうこと?」




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