第135話 行きそびれよう



 自分でバイクを運転し始めたことで、新幹線という乗り物に対して畏敬の念を覚えるようになった。


 定員は数百人単位、最高時速は285キロと自動車が公道で出せるスピードを遥かに凌駕している。にも関わらず、シートベルトをする必要もない。もちろんヘルメットだって被らなくていい。車両内は適温に保たれ、おまけに電光掲示板でニュースが流れていく。wi-fiも使える。あと、雨にも濡れない。


(新幹線やべぇ……)


 京都駅に降り立っても実感がなかった。何百キロも移動してきたのに、どうして少しも疲れていないのだろう? バイクで高速道路を走っていくのも十分にワープっぽいのだが、新幹線で得られるその感覚はもっと強烈だった。心がまだ京都に無くて、岡崎くらいにありそうだ。


「メグちゃん大丈夫? ねぶそく?」


 未天みそらがこちらの顔を覗き込んでくる。でも未天の方が眠そうだった。目が少しとろんとしている。さっきまで私の肩に頭を乗せて寝てたし。


「大丈夫。ただ、あっという間だったなって」


「バイクとかと比べると断然早いね。疲れないし」


「なんていうか……新幹線に乗ってた間の記憶がない?」


「あ、わたしも」


 それは寝てたからでは。


「んー……景色とかじゃないかな? あとは振動とか、匂いとか。快適だけど、逆に言えばバイクと比べると刺激は少ないのかも」


 それは……そうかもしれない。


 ツーリングは刺激で満ちている。海辺を走れば潮の香りに包まれるし、標高の高いところに行けばひんやりした首元を撫でていく。両手で握るハンドルからは激しい振動が伝わってきて、足の間ではエンジンが跳ね回る。


 景色だって、海山川湖、大都会から田舎まで選び放題だ。新幹線には天井があるが、バイクなら自分の頭上だって見上げることができる。たとえ同じ距離、同じ時間を走ったとしても、得られる刺激の数と密度はまるで違う。そんな状況で印象に残る方がどちらかと問われれば、バイクに軍配が上がるだろう。


 もっとも、”移動”という行動に対して刺激などというものを期待するのは少数派の所業でしかないのであって、刺激が足りないなんて言われても新幹線も困るだろう。






 1日目。バスに詰め込まれて京都の有名どころを巡る。


 京都駅からやや距離のある、電車や徒歩での移動では効率よく巡れないスポットが中心だ。さすが有名どころであって、テレビや雑誌で見たことがあるような景色に実際に出会う。

 だからそれなりの感動がある。訪れた場所の中にはバイクでは来られなさそう――バイク駐車場がない――な場所もちらほらとあり、修学旅行でもないと訪問する機会が一生ないかもしれない場所に行けたことも良い経験になったと思う。


 食べ歩きをしたり、古い建物が連なったザ・京都といった感じの景色を眺めて楽しみもした。この時期にしか見られない、澄んだ空と鮮やかに色付いた紅葉のコントラストも見事だった。


 ただ、周りから見た私は楽しんでいるようには見えなかったらしい。未天は「ほ~らメグちゃん? メグちゃんの好きなクラシックだよ~? クラシック・ジャパンの京都ダヨ~?」なんて言っていたので、完全に勘違いさせておまけに気を使わせていた。


 2日目。

 自由行動では未天の行きたいところについて行かせてもらった。

 どういう基準で選んでいたのか分からないラインナップで、商店街とか楽器店とか博物館などジャンルが見事にバラけていた。途中でアニメやマンガの聖地だと聞いて納得した。


 3日目。

 京都駅の近くの有名どころを徒歩で回った。クラス単位での移動だ。集合写真なんかも撮影した。もちろん私は隅の方にいた。卒業アルバムとかに載せられるかもしれないが『こんな子クラスに居たっけ?』とクラスメイトに思われる未来しか見えない。


 そんなこんなで修学旅行は終わった。浜松への帰路も新幹線だ。家族へのお土産やらを買い求めたクラスメイト達も多く、行きより車内はやや手狭だったように思う。


「あっという間だったねぇ」


 首肯する。あまり楽しみにしていなかったが、思いの外満喫できた。


「でも行きたい場所の全部に行けたわけじゃないんだよね」


「そうなんだ」


「うぅ……京都って聖地がいっぱいあるんだ。あと資料として見ておきたいところも。自由行動1日じゃ足りないよ。結局宇治も行けてないし」


「また来ればいいよ」


 新幹線の窓に名残惜しそうにへばりつく未天に言った。するりと口からこぼれていた。


「京都なら、なんなら日帰りできるよ。バイクで」


 バイクならそれができる。さすがに日帰りしようと思うと強行軍になるけど、できることには変わりない。それに例えば、まだ新幹線や電車も動いていない早朝にだって走り出せる。


「そうだね。京都の道はちょっと狭いところもあるけど、バイクには十分だし、そういうところも相性いいかもね」


 想像する。陽が昇る前の、空の柔らかな明かりに浮かび上がる京都の街。車の1台も走っていなくて、街の中を縫うように流れるいくつもの川のせせらぎが聞こえてくる。


 そんな中に静かにたたずむ古い町並み――自動車なんて無くて、京都が日本の中心で、貴族たちが歌や詩を詠んでいた時代を、少しばかり覗き込めたような気持ちになれそうだ。うつろいゆく世界で、ずっと大切に守られてきたものが、この街には鮮明に残っている。


「行きたいところばっかりだ。前に話してた神奈川もそろそろ行けそうだし」


「神奈川も見てみたい場所たくさんあるんだよね。回りきれるかな」


「順番にいけば良いし、何度でも行けば良いんじゃない?」


 行きそびれよう。いくらでも。


 だって、それがまた走りに行く理由になるのだから。






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