第136話 お前の仕業か
「本当に作ったんですか」
修学旅行から帰りバイト先に出勤すると、本当にバイク駐車場ができていた。
駐車場の奥のいくつかの区画に三角コーンが置かれていて、コーンには【バイク駐車場】という看板が貼り付けられていた。看板といっても、コピー用紙をラミネート加工しただけのものだ。手作り感あふれるバイク駐車場だった。しかし、バイク駐車場であることは十分に分かる。
「浜松で自動車用の駐車場を減らすって自殺行為じゃありませんか」
「土日でも駐車場が満車になるってことないのよ。うちはご近所のお客様が多いから」
「車で来るお客さんが少ない、の間違いでは」
「ちちち違うもん……! 車で来るお客さんの数はあくまで普通でそれを上回って徒歩圏のお客様が多いだけだもん……!」
「車があるならどこの系列店行ってもいいですもんね。前の店の方が駐車場は広かったですし、すぐそこの坂の下に根上り松店がありますし、よくよく考えるとわざわざ蜆塚まで来る理由が――」
「あー聞こえない」
まあ売り上げが期待通りなら何らかのテコ入れをしようなんて思わないだろう。深くは追及するまい。
「あっちの鉄棒みたいのは何ですか? 木製みたいですけど」
同じく駐車場の隅に木でできた何かが置いてある。水平に渡された木材の両端から地面に向かって逆さVの字に木材の足が伸びている。ぱっと見た感じではバリケードか何かにも見える。
「サイクルラックね。天竜材っていう浜松産の木材でできてるらしいのよ」
どこらへんがサイクルラックなのか分からなかったが、どうもロードバイク向けのラックらしい。ロードバイクには軽量化を追求してスタンドがない場合が多いため、サドルの先端をラックの水平の部分にひっかけて宙づりみたいな形で駐輪するらしい。
「バイクは提案しましたけど自転車にもアプローチするとは思わなかったです」
「まぁ話の流れでね。あとライダーやサイクリスト向けのセットも考えたわ」
「ずいぶん乗り気ですね」
「バイクなだけに?」
「……」
店長が真新しいメニューを差し出してくる。『二輪セット』なるものの写真がでかでかと載せられていた。
「ひとことで言えばサンドイッチ2個とコーヒーのセットね。丸い形のパンで作ったサンドイッチを2個並べて二輪車に見立ててるの」
フィリーみたいなこと言いやがって。
「具材は変更できなくて
サンドイッチと呼ばれているが、パンが丸かったり垂直方向に積層されているあたりハンバーガーっぽくはある。いや、ハンバーガーはサンドイッチの一種か。
「選べるようにしたって、それ前からあるメニューですよね。セットにしただけじゃないですか」
「そんなこと言ったらBLTだってパンにサラダ挟んだだけだし、スマホだって電話とメールとカメラとパソコンを組み合わせただけよ。この世は何をどう組み合わせるかってだけでも新しい価値が生まれるの」
嗚呼……きっかけが雑だったから内容も雑になってしまったのか。最初が肝心というやつか。それをこんなところで実感してしまうとは……。
「まぁ終わりよければすべて良しという言葉もありますから」
「珍しく表情があるけどそんな憐みの表情はやめてもらえる……?」
店長は苦すぎるコーヒーを飲んでしまったような顔をしていた。
「まだ全然バイクも自転車もありませんね」
「作ったばっかりだからね。せっかく作ったんだから、バイクと自転車のお客様が増えてくれると良いんだけど。ただ宣伝はしないとね」
「宣伝」
「そう、宣伝」
「どうやってですか。SNSですか」
「ふふふ……」
店長が腕を組んで不敵な笑みを見せる。そして何を思ったか、更衣室の扉の前へ移動。ドアノブを握り、勢いよく開け放った。
「先生お願いします!」
ガチャ。
「バーン!! ハローエブリワン! フィリーです!!」
……は?
「いやーありがとうねフィリーさん。おかげで良い感じに体裁ができたわ」
「いえこちらこそ! バイクを堂々と止められるお店って貴重なので嬉しいです!」
などと芝居臭いやりとりをしながら、店長とフィリーは握手を交わす。
「……いや、ちょ、ちょっと待ってください。なんでフィリーが……?」
「メグが修学旅行に行ってる間、メグのバイト先は私が守護らねば……って思って通ってて」
何してくれてんねん。
「そうしたら店長さんと仲良くなって」
何してくれてんねん。
「バイク駐車場を検討してるっていうからアドバイスして」
何してくれてんねん。
「ついでにサイクルラックとライダーサイクリスト向けのメニューも提案したわ!」
お前の仕業か。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます