第133話 三角コーン
フィリーの意味深な囁きから数日。
10月も下旬に入り、修学旅行も目前に迫っていた。教室はどこか浮足立ち、自由行動の時にどこを巡るか相談しているグループも目立つ。よほど楽しみにしているのだろう。
一方私はというと、全く楽しみにしていないのはご存知の通りだ。2泊3日でクラスメイトとすし詰めにされると思うと気が滅入った。だが去年の林間学校の時と比べて、
「えっ、君影さん1週間もいないの?」
そんな言葉をこぼすのは店長だった。シフトを組んでいる者としてはありえないセリフだ。
「いません。シフトもそうなってます」
「うっそぉ」
店長は慌ててシフト表が見られるタブレットを確認している。
「マジじゃん……」
「嘘つく意味ないですから」
「こっ、この
「どうにでもなるでしょう。バイトの1人くらい不在だって」
「君影さんをそこらのバイトと一緒にされちゃ困るの!」
そんなこと言われても私も困る。
「君影さんの入ってる日は客単価も上がるのよ。マジで。いやほんとに。君影さんと会話したい女の子たちが口実のために追加でドリンクとかをオーダーするのよ。嘘じゃないの。それが1週間無くなるなんて!」
「百歩譲ってそれが本当だとして、それはブーストがかかっているだけであって、私がいない時の売り上げが適正ってことですよね?」
「何でホントのこと言うの!? でもとにかく困る! ブースト前提で予算組んでるもん!」
知らんがな。
「だいたい何で1週間も休むの!? 修学旅行2泊3日でしょ!?」
「準備とかあるので」
「くぅぅぅ、ただでさえ予算が怪しいのに……」
ちなみに予算というのはノルマとか売上目標とかいう言葉に置き換えられる。
「この前そういうのはエリアマネージャーの責任って言ってませんでしたか」
「売上改善のためとかいって効果があるか分からない面倒な仕事が増えたりするの。このお店のSNSのアカウント作って運用してください! 1日1回は必ず更新してください! ……とか」
確かにそれは地味に嫌だ。バイトは予定通り休むが。
「そのうち進学とかで私も浜松からいなくなるかもしれませんけど、その時はどうするんですか?」
「……閉店する」
マネージャーに連絡しておいた方がいいかもしれない。
「でも確かに、君影さんがいなくなった後のことも考えとかないといけないかもなぁ」
チェーン店ってそういうのとは対極にある存在だと思うのだが。
「はい、何かアイデア」
「無茶振りですね」
全く考える気は無かったが、ちょうど最近フィリーと交わした会話を思い出した。
「バイク用の駐車スペース作ったらライダーがわらわら集まってくるかもしれませんよ。お店のターゲット層とは違うかもわかりませんが」
「そんなことで集まってくるの?」
「バイク停める場所ってけっこう困るんです。法律上は自動車なので自転車置き場にはおけないし、駐車場に置くと自動車から反感買うし。だからライダーはバイク置き場がある場所には集まってきます」
「んー……それって駐車場の白線を引き直さなきゃいけないからなぁ」
「そこまでしなくていいと思います。自動車の駐車場に三角コーンを置いてバイクの写真でも貼っておけば意味は分かります」
「三角コーンかー」
などとつぶやきながら、店長は店のパソコンで三角コーンを検索し始めた。おそらく値段を調べているのだろう。まさか本気で検討しているのだろうか。分からないが、しかしこれで店長は静かになった。今のうちにバイトに取り掛かるべく、私は更衣室に入って扉を閉じた。
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