第124話 客寄せパンダ


 出勤したら店長がデスクで唸っていた。


 腕を組み、パソコンのディスプレイと向かい合って動かない。こちらに背を向けているので顔は見えないが、きっと険しい表情をしているだろう。


 理由はなんとなく察する。察している。

 なぜなら以前の店よりお客さんが少ないから。


 以前の店は飲食店がひしめくエリアにあった。ファミレスや喫茶店はもちろん、弁当屋や居酒屋だってわんさかあった。ライバルである他の系列のコーヒーチェーンもいわずもがな。


 それは競争が激しいという意味だ。しかし他のお店からお客さんが流れてくるという現象も生まれていた。なんだかんだでお客さんは1日中途切れない日がほとんどだった。


 ではこのお店はどうか。以前のお店よりも座席数が多く店の規模は大きいにも関わらず、ふつっとお客さんがいなくなる瞬間が割とある。アルバイトの立場からすればありがたいことだが、お店としてはよろしくない。


「おはようございます」


 店長から反応はない。微動だにしない。

 ディスプレイには大量の数字が並んでいる。バイトがいるような場所で見ていて良い資料なのだろうか。もっとも、個人的には細かい項目と細かい数字が並んでいて目を凝らして読む気にもならないが。見せられても眠くなるのが関の山だ。


「おはようございます」


 やはり反応がない。この店の収支はそれほど深刻なのだろうか。これから寒くなるにつれ、私もいろいろ入用だ。仕事が楽なのは歓迎だが、店がつぶれるほど暇では話は別。


 かといって私にできることなどない。やるべきことをやるだけだ。更衣室に入って制服に着替え、店長のいるバックヤードに戻る。そしてちょうどその時、店長の仕事用スマホが鳴り響いた。


「ぅーん……もう食べられにゃぃ―― おわ!? はいっ、蜆塚店です! ……え? ね、寝てませんよ!! そんなまさか!」


「……」


 眠くなるのが関の山だ。






 蜆塚にあるコーヒーチェーン店が私のバイト先だ。元々は自宅の近くの同じ系列店で働いていたのだが、店長がこちらの店に異動になった際に誘われたため店を移った。


 この店は三方原みかたはら台地の上に立地しており、バイトに行くたびに長い坂道を登る必要がある。その坂道をなんとか楽にクリアしたいと考えたことが、エストレヤに乗り始めたきっかけのひとつだ。通っている高校にも近いため、バイトがある日はお店にエストレヤを駐車して登校してたりする。


「売り上げがかんばしくないのはマジね。悪くはないけど、期待してたほどじゃないって感じ」


「仕事中に寝れるくらいには余裕があると」


「ねねね寝てないし」


 店長の目が泳いでいる。



「売上目標とか達成できなかったらどうなるんですか」


「このエリアのマネージャーがなんか対策を考える」


「店長が考えるんじゃないんですね」


「私の権限は所詮この店の中だけだからねぇ。提案はするけど」


「へぇ」


「客寄せパンダな店員を前の店から連れてきましょうとか」


「……」



 そんな集客やってるから客がいないんだ。


「やめてそんな目で見ないで! だってだって! 前のお店の女性客の3割くらいは君影きみかげさん目当てだったもん! 『あのカッコいい女性の店員さんいないんですか?』って週1で訊かれたもん! こっちのお店だって『そのうち君影さん効果でお客さん増えるでしょ』とか言ってマネージャーも何も対策する気ないもん!」


 辞めたくなってきた。


「彼女さんいつでも連れてきてもらって良いからね。ほら、あのメガネかけたおとなしそうな可愛い子」


「彼女じゃありません」


「別の彼女でも良いからね。君影さんなら彼女の2人や3人いるでしょ?」


「いませんが?」


 人を何だと思ってるんだ。

 いや、客寄せパンダだった。


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