第112話 東京:進入禁止?


 入浴を済ませて浴室を出ると、ガウン姿の未天が椅子の上で膝を抱えてテレビを眺めていた。何を見ているのだろうと覗き込んでみたが、画面に映っているのは見たことも聞いたこともない番組だった。どうも浜松にはない放送局らしい。


「こういうのを見るのも違う土地に来たなぁって感じがするんだ。ほら、家族で旅行行って、夕方旅館に着いて、テレビつけるとローカル情報番組やってて、ローカルすぎて何言ってるか全然わからないの。地名とか」


「そうなんだ」


「もしかして家族で旅行とか行かない?」


「親、忙しいから」


「そんなに」


「ごはんとか弟が作ってくれるくらいには」


「弟! 弟さんいたのメグちゃん!」


「同じ学校通ってるよ」


「じゃあ1年生なんだ。へぇぇぇ、やっぱりかっこいいの?」


「それは……ノーコメントで」


 理由はお察しくださいといったところだ。


「逆に未天の家はよく旅行行くの?」


「昔はよく連行された記憶があるよ。今はお父さんとお母さん二人で行ってもらうことが多いかな。ほら、わたしお盆と年末は用事あるし」


「ああ、あのお母さん。そういえば未天にそっくりだった」


「わぁー!? そういえばそうだったね!? メグちゃんお母さんと会ったんだったね!? めちゃくちゃ恥ずかしい!」


「何でよ。可愛いお母さんだったよ。25年後も未天は可愛いって確信できるくらい」


「ううううう……! 褒められてるのは分かってるんだけどぉぉ……! お、お母さん何か変なことに言ってないよね!? よね!?」


 こちらの肩を掴み、彼女は必至の形相で私を前後にガクンガクン揺さぶった。首を痛めてしまいそうだった。


「こ、これは近々メグちゃんの家にお邪魔する必要があるね……!」


「ある?」


「あるんだよ!」


 くわっ! って感じでシャウトする未天。普通に怖い。あと声が大きかったせいか隣から壁ドンされた。ごめんなさい。


「メグちゃん、明日は何時くらいに出発するの?」


「早い方が良い。今日は結局6時間くらいかかったから、暗くなる前に浜松と思ったら」


「遅くても12時には出発したい感じだね。チェックアウトの時間で出ればちょうど良いんじゃないかな。あ、チェックアウトは10時だよ」


 10時発なら時間的な余裕がある。朝も移動時間的にもだ。朝はゆっくり眠り、帰り道は大井松田のあたりまでは下道を走っても良いかもしれない。


「そうする」


「決まりだね。じゃあ、そうと決まれば――」


「?」


 未天がベッドの影から何やらごそごそ引っ張り出す。巨大なビニール袋だ。彼女はその中身をテーブルにぶちまける。大量のお菓子がなだれ出た。


「パジャマパーティーの始まりだよ! アイスと飲み物もご用意しました! トランプもあります!」


「よくよく考えると2人だけでやるこういうのってパーティーって呼ぶの?」


「え……!?」


「え?」


「パ、パーティーって1人でもパーティーって呼ぶんじゃない、の……?」


 あとから知った話だが、1人で豪遊することをパーティーと呼ぶこともあるようだ。ちなみに未天は1人でたこ焼きパーティーやらピザパーティーやらアイスクリームパーティーをやったことがあるらしい。なお私ほどではないが少食なので、用意したはいいが食べきれないことがほとんどだそうで、残ったものは後でご家族が美味しくいただくのがお決まりだそう。どうして後先考えず用意してしまうのか。このお菓子もどう考えても多すぎる。


「……ま、まあ始めようか」


「そ、そうだね」


 ひとつのベッドに並んで腰掛け、枕元の壁に背中を預ける。たまたまテレビでやっていた映画をBGMに、他愛のない会話が続いていく。お菓子は相変わらず山のように積まれていて、たまに食べさせ合いっことかもしたけど一向に減る気配がない。ふと、フィリーがいれば全部食べてくれそうだな、なんて思う。


「そういえばメグちゃんのヘルメット、ステッカー貼ったんだね?」


「ふあ」


 驚いた。フィリーのことを考えていたら、フィリーからもらったステッカーの話を振られたので。


「……ステッカーがどうかした?」


「ううん。ただちょっと、メグちゃんがこういう装飾というか、デコレーションみたいなことするのは意外だなって思っただけ」



「意外、かな」


「誰かにもらった?」


「ひえっ」



 勘が良すぎませんか未天さん。


「あ、はい……あの、もらいました。バイク乗ってたら知り合った友達に」


「どうしてそんなビクビクしてるの?」


 それは自分でもわからない。だけどなぜだろう。すごく追い詰められている感じがする。


「でもそっか。もらったんだ……ふーん。もらって素直に貼ってるんだ。ふーん」


「あ、あの、未天さん?」


「メグちゃん、これもらってくれないかな?」


 彼女が差し出したのは、彼女のサークル“八方要塞”のエンブレムのステッカーだった。昼間頒布していたものだ。進入禁止のマークの外周が、円ではなく正八角形になっている。


「つ、慎んでお受け取りいたします」


 受け取らない選択肢は無かった。


「貼ってくれたら嬉しいな」


「貼りますとも」


 その場で貼った。フィリーのステッカーを貼り付けた方とは反対側の側面にすぐに貼った。満足げな未天の様子を見て、私はほっと胸を撫で下ろした。




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