第113話 東京:不思議なこともあるものだ



 朝起きたら未天と同じベッドで寝ていた。なんで?


 いや、思い出した。未天が私に寄りかかったまま寝落ちしてしまい、そこから動けず私も眠ったんだった。


「……エアコンつけっぱだ」


 ホテルなので電気代を気にしなくて良いと思い、切タイマーをセットしなかった。それ以前にタイマーをセットする前に未天が寝落ちしてしまったのでできなかったということもある。いずれにせよ、一晩中冷房のかかっていた部屋は寒いくらいだった。あたたかいのは未天と触れ合っている部分だけだ。なのでつい未天を抱きしめて暖を取りたくなるが、さすがに眠っている相手なのでやめておく。


 窓の外は明るかった。時間は朝7時少し前。割と健全な時間帯での起床だ。出発予定時刻まで充分に時間がある。どうやって時間を潰そうかと悩んだ結果、しばらく未天の寝顔を眺めていることにした。滅多に見られるものではない。レアだ。いや、授業中たまに居眠りして舟漕いでるけど。


 安らかな寝顔だ。そして美しく儚げでもある。こちらの呼吸の音で目覚めさせてしまうことを危惧する。呼気によるわずかな空気の揺らぎでも、砂の城のごとく崩れ落ちてしまいそうだ。この寝顔を壊さないために、呼吸をするのもはばかられた。家のソファで寝落ちしてる弟の間抜けな寝顔とは比べるのも失礼なほどだ。


 そういえば未天はメガネをかけていない。無意識に外したのか、それとも1度目が覚めた時に外したのか。いや、1度目が覚めたのなら自分のベッドに戻るだろうし、それはないか。


「……ん」


 未天が声を漏らす。同時に寝返りを打って仰向けになった。そのまま眠り続けるのかと思ったら、ゆっくりと瞼が開いていった。


「おはよう」


「……へ? あ、うん……おはよ――え!? なんでメグちゃんが!? わ!?」


「あ」


「いだっ」


 こちらを認識するや否や、彼女はベッドから転がり落ちた。


「目、覚めた?」


「……さめた。おもいだした……」


 上半身を起こし、ベッドとベッドの隙間からにゅっと顔を出す未天。数瞬目をしばたたかせた後、彼女は背後に振り返り、ベッドサイドテーブルの上にあったメガネに手を伸ばした――その動きに迷いはなかった。無意識に外したであろうメガネの場所がすぐに分かるなんて、不思議なこともあるものだ。


「あ、えっとあの……おはよう、メグちゃん」


 はにかむ。穏やかな朝に似合いの微笑みだった。そして私はまた常識を砕かれる。つまり、寝癖も可愛いと思える時もあると。







 ホテルの朝食(バイキング形式)を堪能した。小食な身としてはちょうど良い分量になるよう自分で調整できるのでありがたい。いろいろなものを少しずつ食べられる点もポイントが高い。食べ放題のお店とかだと割りに合わない気がして気が進まないが。


「よかったら遊んでみて」


 チェックアウトまでの空き時間、未天は私にメッセージを送るとそう言った。


「販売サイトのアカウントの作成が必要だけど、メールアドレスとパスワード設定するだけだから。あとはそのコードを使うとゲームがダウンロードできるようになるよ」


 彼女が送信してきたのは、『かすみのキミへ』をダウンロードができるコードだった。


「タブレットなら動くよ」


「家にあったと思う」


 ノベルゲーム……というか、ゲーム自体もほとんどやったことがない。大昔に弟の対戦プレイの相手をさせられた程度だろう。ほぼ遊んだうちには入らない。


 そういう意味では。


「ちゃんとゲームするのも初めてかも」


「そうなの? じゃあ……メ、メグちゃんの初めてはひとつもらい、だね」


 まるで他の初めてももらうつもりのような言いぐさだった。


「何で急にくれたの?」


「別に急って訳じゃないよ。前々から思ってたんだ。メグちゃんにわたしのゲームで遊んでみてほしいなって。ほら、作ったからにはできるだけ感想とか聞きたいし、それに――」


 彼女は一旦言葉を切った後に付け加えた。



「もっと知ってほしいんだ。わたしのこと」




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