第105話 東京:そのうち行こうと思っている場所リスト
ゆりかもめに乗ってレインボーブリッジを渡った。
鋼の骨組みによるトンネルが延々と続く線路は合わせ鏡か万華鏡かといった様相で、その中を無人運転の列車が通り抜けていく光景はやはりSFじみていた。
「毎回思うけど、未来って感じだね」
良かった。そう思うのは私だけではなかったのだ。自分の感想が人並だったことに満足しつつ、無言で未天の言葉に頷く。
「まぁゆりかもめって20年以上前からあるらしいけどね」
「えっ」
思わず声が出た。そして慌てて口元を覆った。視線だけであたりを見回すと、案の定周囲のお客さんの視線を集めてしまっていた。だから努めてボリュームを抑えた声で会話に戻る。
「……年上じゃん」
「年上だよ?」
「先輩じゃん……」
「ゆりかもめ先輩だね」
「ゆりかもめ先輩」
「にゃ、にゃーとかって鳴くのかな?」
「それウミネコ」
「あ……そ、そうだった……」
未天は気恥ずかしそうに俯いた。
「ところでどこで降りればいいんだっけ」
「えっと……汐留だね。うん、汐留。そこからは歩くよ。途中に浜松町ってところがあってちょっと不思議な感じがするんだ」
「私もそれ地図で見つけた。このあたりの人に『生まれは浜松です』っていったら東京生まれだって勘違いされそう」
「あはは、私たち大都会の女子高生みたいだね」
「そういえば、掛川に横須賀あるらしいよ」
「そうなの?」
フィリーのあのくだらない動画がこんなところで話題のタネになってしまった。フィリーのしてやったりな顔が浮かんで何となく癪に障った。
「横須賀かぁ。神奈川の横須賀なら昔家族でいったことがあったような……カレー祭り……だったかな?」
「カレー祭り」
「うん。自衛隊の護衛艦とか潜水艦とかのカレーが食べられるお祭りだよ。たしか毎年やってたと思う。あ、でもあのウイルスのせいでしばらくやって無かったかもね。そろそろ再開するか、もうしたんじゃないかな」
カレーが特段好きというわけではない。だがバイクで走るには目的地があった方が良い。そしてそういったイベントの類は、目的地にするにはちょうど良かったりするのだ。やたらと会場が混みあいそうなのはともかく。
(頭の隅に置いておこう)
ライダーなら誰でも持っているという、脳内の【そのうち行こうと思っている場所リスト】に、私は横須賀の名を書き込んでいた。
未天が泊まっていたホテルは想像していたよりグレードが高かった。
エントランスに入ると広々としたロビーと重厚なカウンター、そして綺麗な制服を纏った笑顔の従業員の方が出迎えてくれた。
だが一方こちらはというと、煌びやかながら上品にまとまった空間にすでに気圧され気味だった。ライディングブーツを履き、デニムのジャケットを着て、ヘルメットを抱えて入館しようものなら、ドレスコードか何かにひっかかって「お客様ちょっと……」と声を掛けられそのまま放り出されそうだ。申し訳程度のロビーとこじんまりしたカウンターがある機能美的なホテルを想像していたせいか、頭の混乱が半端ない。場違い感がひどい。
「昨日から泊めてもらっている四方です。戻りましたので、鍵をいただきたいんですが……あ。あと、宿泊が一人増えます」
カウンターのお姉さんはこちらをちらりと見た後でカード式の鍵を渡してくれた。一人増えても問題ないらしい。未天が「ありがとうございます」と鍵を受け取っていたので、それに合わせてぺこりと会釈しておいた。
「部屋はこっちだよ」
エレベータで上階に上がり、廊下を少し進んだところの部屋の前で未天は立ち止まった。カードリーダーにカードを読み取らせると、ガチャンと鍵の開いた音がした。部屋に入る未天に続いて入室すると、ベッドが2つ並んだ客室が私たちを出迎えたのだった。
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