第80話 高速道路:行き交う道と人

 高速を降りた後は国1バイパスを東進し、海が見えたあたりで高架を降りた。潮の香りの中に微かに排ガスの匂いが混じっていた。


興津おきつ……)


 名前ばかりを見たことがあった街。というのも、JRの在来線、その静岡方面の終点が、街の規模が大きい静岡や清水ではなく、興津であることが多いからだ。なんでも、興津駅には折り返しのための設備があるらしく、そのため東からやってきた電車はここで反対方向へ引き返すそうだ。


(……ほんとにこの先に第2東名の入り口があるの?)


 バイパスのオフランプ出口の坂道を抜けた先の信号、そこで一時停止して前方を眺める。青い空と緑色の山を縫い合わせるように、一本の道が伸びている。


 国道52号線。山梨県の甲府まで伸びる道路だ。甲州街道と東海道をアクセスする道であり、古い時代から人々が行き交ってきた。


 興津と甲府のほぼ中間に位置する街である身延町みのぶちょうの名前をとって「みのぶみち」とも呼ばれる。その身延町は、最近はキャンプがテーマなマンガの主人公たちのホームタウンになっていることで脚光を浴びている。こころなしか52号線に吸い込まれていく車も多いように見えた。


(身延町までは行かないけど……今日は)


 信号が変わって発進する。


 興津川に沿って伸びる道。交通量は案外多い。道の両脇にはコンビニやスーパー、ガソリンスタンド、飲食店なんかがひしめいていた。自動車向けのショップも目立つ。山梨への玄関口と思えば当然なのかもしれない。


(お)


 対向車線にバイク。2人組だ。どちらもフルカウルのバイクに乗っている。なぜだか分からないが軽く手を掲げられた。ライダーの知り合いはフィリーしかいないので、知り合いではないと思う。あと単純に反応が間に合わなかったのでリアクションを返すことは無かった。


(なんだったんだ)


 それはともかく、この道の奥から来たということは、山梨のライダーだろうか。駿河湾でも見に来たのかもしれない。そんな感じのライダーたちと、存外たくさんすれ違うこととなった。


 片側1車線の道路が緩やかなカーブを繰り返すうちに、両サイドの家屋が少なくなり、山の斜面が迫るようになる。青葉が茂る季節柄もあってか、今にも道が飲み込まれそうにも見える。道自体も傾斜が増していった。この先に第2東名のICがあるなんて未だに信じられないのだが、道幅に似合わない幾台もの大型トラックやトレーラーの姿が疑念を払拭する。


(案外楽しい……)


 緑豊かな景色、うるおう川の水面みなも、少ない信号、速すぎない流れ、緩やかなカーブは程よくエストレヤをバンクさせることができる。手腕に力を込めることなく、車体の傾きに合わせて勝手に切れていくハンドルが、エストレヤの進路をつかさどる。全身でバイクを操る感覚。マシンと一体となったような心地。


(……いい道)


 思わぬ収穫にはしゃいでスピードを出し過ぎないよう注意しながら、もはや山道となった道を進んだ。のぼったり降りたり、そんな道を走っている自転車に驚いたりしていたころ、忽然と巨大な構造物が現れる。


(もしかして、これ?)


 第2東名の高架だ。東名の高架と比べるとかなり高い位置にある。橋脚もビルのようにズシンと大きい。くりぬいたら住めそうだ。


 道は一気に広くなった。山道に入ってから落ち着いたと思った車の数も、いつの間にか持ち直しているようだ。新清水IC前の交差点は信号で整理されていて、身延方面からの車両も信号で列を作る。


(マジであったか)


 ここから第2東名に入ることができるらしい。そして、今日の目的地はその第2東名の中にあった。信号が青になったので、左折して高速のゲートへと進んだ。


(もう乗る時は大丈夫だな)


 発券機で発行された通行券を素早くポケットにしまう。エンストはしなかった。目前となったゴールを目指して、エストレヤはスムーズに加速していった。





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