第49話 山中湖:片鱗


(……ひとりで来たのは初めてだ)


 掛川の道の駅に立ち寄った。

 自動車に乗らない高校生にはあまり縁のない場所だった。訪れるとしても家族と一緒に訪れるのがほとんどだろう。現に、早朝にも関わらず子どもの姿もちらほらとあるが、しかし大人の姿が必ずセットだった。


「……」


 心細いような気も少しする。

 というのはお巡りさんに補導されやしないかという心細さであって、1人であることに対してではない。その類いの心細さなど、遠い昔に置いてきていた。


 少しばかりの満足感が胸にある。


 自分の力でここまで来た。今まではできなかったことだ。そしてそれは多くの高校生にはできないことで、17歳の自分がここに佇んでいることはそこそこ特別なように思えた。


(まぁ、フィリーみたいなのもいるけど)


 まだ走りはじめて1時間も経っていない。しかしこれまで経験がない速度帯、それから初見殺しの分岐などは、心身にそこそこの疲労を与えていた。


(早めの休憩が大切っていうし)


 缶コーヒーを傾けながら道順を確認する。今のところ1本道のようだが、できるだけ経路は頭にいれておきたい。


 この先に休憩できるポイントがあるか分からなかったというのも、ここに立ち寄った理由のひとつだ。検索をかけてみると、次の道の駅は静岡の手前で、さらにその先は富士のようだった。


(……どれくらい遠いかも分からん)


 ナビアプリで調べれば数字は出る。速度で距離を割れば所要時間は計算できる。

 しかし所詮は数字だ。月までの距離が38万キロで、天の川銀河の直径が10万光年だと教えられるのと変わらない。まったく実感は伴わない。


(ま、走ってみればいいか)


 元よりそのつもりなのだから。







 しかし物事には限度というものがある。


(この片側1車線はどこまで続くんだ……)


 国1は延々と伸びていた。掛川の分岐から、山の谷間を縫うようにして片側1車線がひたすら続いている。


 決して悪路ではない。きちんと舗装されているし、落下物があるわけでもない。多少道が狭かったりカーブがきついところもあるが、道の狭さはバイクでは気にならないし、カーブは眠くならないためにちょうど良い。


 問題は。


(自分のペースで走れない)


 片側1車線。つまり走行車線も追越車線もない。ずっと他人の車にサンドイッチされた状態だ。前の車が進む速度に合わせて進み、後ろの車が進む速度にも合わせて進まなくてはならない。前後が速くなればこちらもスロットルを開き、前後が遅くなれば右手の力を抜く必要があった。前の車が合流車両を入れるために急減速したりするのは正直焦る。


(車間さえ……車間さえ確保すれば)


 車間を取るのは簡単だ。スピードを落とせばいい。しかしあまりにもスピードを落としては渋滞の原因になるし、後続車両から追突される恐れもある。結局、前車と程よい距離を取りつつ流れストリームを乱さない程度には速度を維持するのが妥当なふるまいだった。


 これをひたすら続けなくてはならない。


(信号もないから休めないし)


 地名の標識が現れても知らない地名だ。何市にいるのかすらも分からない。仮に何市か分かっても、浜松の近くでないと位置関係はおぼろげだった。


(静岡、まだかな……)


 されど道は続く。そして私は知ることになる。


 ここまでの道のりは、他県からの高速・在来線・新幹線ユーザーたちから『寝ても覚めても静岡』『富士山が追ってくる』『ひかりの速度以下では抜け出せない説』などと揶揄される【静岡県横に長すぎ】問題、その片鱗に過ぎなかったのだと。





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