第48話 山中湖:そう思っていた時期が私にもあった



(……交差点も無い。人も歩いてない)


 磐田市に入ると、国1はひたすら高架の上を走っていた。いわゆる磐田バイパスと呼ばれる区間だ。


 空はずいぶんと明るくなって、そろそろ街が動き出しそうな気配をしていた。しかしフェンスのせいで磐田の街の様子はよく分からない。


(フィリーが住んでる街……)


 その点について特に感動はない。ただひとつ、強いていうなら感じたのは、あの女がいる割には静かだなということ。


 磐田自体はサッカーチームがあったり国分寺の史跡があったりして有名だ。最近は女子高生がキャンプするマンガの主人公がキャンプに訪れていたりして話題らしい。


 それからなにより。


(ヤマハの本社があるんだっけ)


 ヤマハ。つまりヤマハ発動機といえば日本を代表するバイクメーカーの1つだ。浜松では楽器のヤマハと区別するために【ヤマハツ】と呼ばれることが多い。


 最近は2本の前輪を備えた【トリシティ】シリーズや【NIKENナイケン】といった独特なモデルの供給で話題をさらっている。エストレヤの競合モデルである【SR400】の供給元でもある。フィリーが駆るドラッグスター400クラシックもヤマハ発動機の人気モデルだ。本社に併設された施設では、ヤマハで生産されたバイクたちが展示されていて見学もできるらしい。


(カワサキもそういう場所あるけど……)


 カワサキの展示施設は神戸にある。浜松から行くには少し気合が必要だった。


(……それにしても)


 道はとても走りやすい。今のように考え事をしていてもそこそこ走れてしまう。

 交差点もない。信号もない。人も歩いていない。路面に段差もほとんど無いし、雨の日に滑るマンホールもない。注意を払うべき対象が少ないだけでだいぶ運転が楽になっている。片側2車線で追い越しもできる。おまけに通行料もかからない。


 交通量が多い時間帯は、それこそ渋滞が起きてしまうくらいに車が集まるのだろう。一方で交通量の少ない早朝なら話は別で、走りやすい道を悠々と走ることができる。時には法定速度? なにそれ美味しいの? みたしな車にビュンビュン追い抜かれていく。


(これが国1バイパスか)


 制限速度で走っていても結構な風圧を感じる。他車に追い抜かれる拍子に側面からの風に煽られることも度々だ。その風は乗用車ならまだ良いが、トラックだったりすると吹き飛びそうな気さえした。


(浜名バイパスとか東名はもっとヤバいんだろうな……)


 そしてその予感はおおよそ間違っていなかったと、私はいずれ実感するのだった。






(また不意打ちみたいな分岐があるんだろうか)


 磐田バイパスを抜けて袋井ふくろいに入った。道を進んでしばらくすると高架が終わり、国1は下道を進むようになった。歩道や交差点、信号があるし、道沿いにはコンビニやガソリンスタンドなんかも点在している。それでも他の道と比べると格段に広いし真っ直ぐ伸びていた。車線は片側3車線もある。時々現れる右折レーンが不穏だった。


 このあたりはエコパアリーナ、通称エコパへのアクセスルートにもなっている。だからエコパで運動部の大きな大会なんかがあったりすると、このあたりは混雑することが知られている。なんか渋滞してるなぁ、と思っていたら、みんなエコパの方へ道を曲がっていくらしい。またエコパで有名なミュージシャンがライブを開催したりすると、最寄り駅である愛野あいの駅(袋井駅の1つ東の駅)はホームから人があふれそうなほどの人出になることで有名だった。数年前はラグビーワールドカップで名前をよく聞いた。


 フィリーが団子を食べに行った法多山はったさんは、エコパとは山を挟んで反対側の立地だ。こちらは年末年始に大混雑するらしい。棒状の餅が5つ連なった上にあんこを乗せた特異な形状のお団子が有名だ。


(そのうち食べに来よう、お団子)


 今は早朝過ぎてお店もやっていない。またの機会に期待しよう。






 道なりにエストレヤを走らせると、袋井を抜けてすぐに掛川かけがわに入った。


 掛川にある掛川駅は天竜浜名湖てんりゅうはまなこ鉄道、通称天浜線てんはませんのターミナル駅となっている。天浜線は浜北の西鹿島にしかじま駅で遠州鉄道と連絡したあと西進を続け、浜名湖北岸を通って湖西の新所原しんじょはら駅にまで至る長い路線を有していた。また掛川は大企業の工場が集中していたりして、それらのおかげか新幹線の駅も設置されている。


「ま、またっ……!」


 この先の道が分岐していることを示す青い案内標識。視線を先に飛ばすと、2車線の道路が1車線ずつに分かれていた。片方は掛川市街地、もう片方は静岡方面につながっているらしい。静岡方面に行くのは右側の車線だ。そして例によって私は左側の車線を走っていた。


(やけに右車線を走ってる車が多いと思ったら……!)


 みなさんこの辺りを走り慣れているようだ。分岐の直前で慌てないように、ずっと車線をキープしていたらしかった。


れて……。れて……!)


 右ウインカーを出す。するとほどなくして中型トラックがスペースを開けてくれた。ありがたくそこに滑り込む。左の手元にあったハザードスイッチを押して謝意を示した。


(ハザードランプがあるの、助かる)


 意思表示の手段が多くて困ることはない。どちらかというと装備が少な――洗練されているエストレヤにハザードスイッチが残されていることは、メーカーからライダーへの思いやりだろう。


 車線は1本になった。これなら分岐に慌てることもない。追い越しはできないが、今のところ車列は順調に流れている。追い越す必要も、追い越される必要も無い。


(……この分だと予定より早くつけるかな)


 そう思っていた時期が私にもあったのだ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る