第34話 フロンティア



 結論を先送りにして眠ったら、夢の中で答えに会えたらいいのに。


「……」


 そんな期待も虚しく目が覚めた。今日も目覚ましより一瞬早い。遅れて鳴り始めるスマートフォンを静かにさせた後、のそりとベッドから起き上がる。身支度を整えて食事をし、ダイニングテーブルの上に置かれた弁当を回収してから玄関扉を開ける。明るい水色が基調の自転車が出発を待っていた。


「行ってきます」


 振り返り気味に言って玄関扉を閉める。アルミ製の扉は軽いが、ガチャンと締まる際の音は、人や財産を守るにはふさわしいくらいには重厚だった。


(……焼けそう)


 今日も陽射しが強かった。


 気を取り直して足を踏み出す。手にしている荷物は2つだ。


 通学バッグ。


 それからお弁当。


 学校に持っていかなくてはならない必需品だ。


 いや、最悪お弁当は持って行かなくても何とかなる。しかしせっかく作ってもらったものを置いて行くのは人情に反する。


 そして。


(できればお弁当は水平にしておきたい……)


 それも人情というものだろう。


 リュックの導入は一番手っ取り早いソリューション答えだ。それは分かっている。だけど何となく気が進まないのは、バイク用バッグが魅力的なことと、お弁当の水平が保てないであろうこと。汁気がバッグの中で漏れ出すのは困るし、何より中身がぐちゃぐちゃになるのがイヤだ。


(やっぱりバイク用のバッグかなぁ)


 今日はバイトが無い。だからひとまずバイク通学はお預けだ。だがそれ以前に、この問題を解決しないことにはずっとお預けだ。


(授業、集中できなさそう)


 まるで普段は集中しているかのような言い草は、自分で思っていて可笑しかった。






「メグちゃん、今日バイト?」


 放課後、ミソラが声をかけてきた。


「今日はない」


「あ、そ、そうなんだ」


「何かあった?」


「ささ、最近また行き詰まっちゃって、お邪魔……しよっかなって」


 とのことなので、財布に入っていた従業員がもらえる割引券を渡しておいた。自分ではほとんど使わないため持て余していたのでちょうど良かった。


 券を受け取ったミソラがあまりにホクホクしているので眺めていると、ふいに彼女の視線がこちらに向いた。


「……今日の授業、難しかっ、た?」


「?」


「えっと、あの……メグちゃん、ずっと首傾げてたし」


「ああ……」


 案の定授業には集中できなかった。そしてやはり悩みのタネはまだ消え去っていなかった。このままではタネが育って咲いてしまいそうだ。


「私も行き詰まってる……かも」


「それ、それは、バイクの話……し?」


「バイクの話」


 そういえば、エストレヤに乗ろうかどうか迷っている時も、ミソラに話を聞いてもらって答えが出た。その時のことを思い出したからだろう。気が付けばつい、かくかくしかじか話してしまっていた。


「店長さん良い人だね」


「頭が下がるよ」


「んー……それにしてもあれだね、なんていうか……バイクって色々自分で決めなきゃいけないんだね」


 それはそうだと思う。


 どんなバイクを選ぶか、何を基準にして選ぶか、メットは? グローブは? どこへ行って何をする?


 近所へ行くなら自転車で良いし、坂道を楽に上りたかったり荷物をたくさん運びたかったりするのなら車がある。おまけに車なら雨に濡れない。


 突き詰めていくと徐々に存在意義が薄れて行ってしまう。そういう一面がバイクにはある。


 だけどバイクは生き残っている。多くの人々を魅了してきた証拠だ。


 何でも自分で決めなきゃいけない。逆に言えばそれは、何でも自分で決められるということだ。


 自分の選択が正しいか分からない。だけど手探りやってみるしかない。それができるのがバイクだった。そういう意味でバイクというのは、個人が開拓できる現代のフロンティアと呼ぶべき存在かもしれなかった。


「荷台があったら、よ、よかったかもね。えーと……カブ? みたいに」


「前カゴとかね」


 前カゴを取り付けられたエストレヤを想像してみる。


 想像しただけで満足した。







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