第30話 知りたい
エストレヤに焦がれながら坂道を上り切った。
3分の2くらいは自転車をこいで坂道を
(一度味わったら、もどれない……)
なぜもっと楽ができる方法があるのに苦労をしなくてはならないのか。これが世界的なバイクメーカーを4つも抱えた国の所業なのだろうか。遠州にいたってはバイクメーカーの本社が2つもあるというのに、まったく嘆かわしい。
(……バイクで通学できないかなぁ)
一応、生徒手帳で校則は確認したことはある。実はバイクで通学しちゃいけないなんて書いてない。しかし一方で、例えば自転車で通学して良いとも書いてなかった。つまり実質的な校則は、教員サイドの運用であることが分かる。しかしウチがいくら『勉強さえできればオッケー♪ 染髪? 髪染めると頭悪くなるの?』みたいなゆるゆるな学校でも、限度というものはある。
その限度を察することができないと、出た杭として打たれることになる。派手な髪色の生徒はいなくはないが、みんな基本的に真面目なので、そういった生徒は周囲から浮くことになる。私のように。
(来るだけで疲れるんだよね……)
自転車をとめて教室に向かう。5月の教室はまだ冷房は入っておらず、カラリとした暑さに腕まくりしている生徒が多かった。
挨拶を交わす相手もいない。だから無言で着席するだけ。スマホのメッセージアプリでやり取りするような相手もいないので、Amaz〇nでバイク用品を物色するなどしていた頃、幽霊のような足取りの女の子が教室に入ってきた。
彼女も誰に挨拶するわけでもない。フラフラと自分の席に辿り着き、カバンを机の横にかけるや否や、ぐらりと背もたれに体重を預ける。目元のクマがひどい。
(も、燃え尽きてる)
「弁天島かぁ……もう何年も行ってないなぁ」
「私も。もしかしたら10年ぶりくらいだったかも」
お昼になって未天とごはんを食べていた。
今日のお弁当はシュウマイ弁当だった。昨日の晩御飯が餃子だったので、たぶんその材料を使い回したものだと思う。シュウマイの上にちょこんとのったグリーンピースの色合いが良い。タネにしっかり味が付いて、ニンニクの代わりに入っていたショウガの香りが鼻に抜ける。醤油がなくてもカラシだけで十分おいしかった。玉子焼きは焦げ付き一つない黄色が鮮やかだ。デザートはりんごだった。
「……スヤァ」
「未天。ごはん中だよ」
「ハッ!? ご、ごめん……うぅ、しっかりしないと」
パン、パンっと両頬を叩く。しかしまだ瞼は重たそうだ。
「何してたの」
「メグちゃんをバッドエンドから救う方法……考えてた」
何してたんだ。
「悪役令嬢は大抵バットエンドなんだよねぇ、その方がこういっちゃなんだけど爽快感あるし……でも個人的にはメグちゃんが好きすぎるのでなんとかしてあげたいんだけど……」
平然と好きとか言わないでほしい。キャラクターの話だよね?
「ほ、ほんとにそれやってたんだ……」
「もういっそ追加コンテンツで出そうかなぁ時間無いし……実はメグちゃんは主人公の女の子が好きで、主人公が他のヒロインと結ばれないように必死に妨害してた、とか」
「そんな好きな女の子いじめる小学生男子みたいなのどうなの……」
「もういっそ『百合ゲーの主人公だけどクリア後に悪役令嬢として2週目が始まったと思ったら私のことが大好きな悪役令嬢がバッドエンドを肩代わりしていてくれたことが分かったので次の周回ではその子と幸せになります!』みたいな感じにしようかなぁ」
「また要素詰め込み過ぎてない……?」
「ウワアアアアアア!?」
未天は頭を抱えて奇声を発した。目立つのでやめてほしい。
頭を抱えて俯いていた彼女は、しばらくウンウンうなった後にふと顔を上げた。
「……そういえば写真とか撮らなかった? 弁天島の」
「撮ったけど……忘れてた。見ようとも思わなかったし」
「良かったらそのうち見せてほしいな。あ、SNSとかにアップすると同じ趣味の人とかも見つかって楽しいかも」
「……別に綺麗でもないし面白くもないと思うよ」
キョトンとして見せたあと、未天は口の中の物をよく噛んでから飲み込んだ。ちなみに彼女のお弁当はハンバーグとポテトサラダだった。
「メグちゃんは私よりいろんなところに行けるだろうから、私が見られない、見たこともないような景色に出会えると思うんだ。それをちょっと分けてくれたら、私は嬉しい」
「!」
「それに、その……メグちゃんがどういうところに目が向く人なのか、とか――」
彼女は上目遣いでこちらを見つめつつ、もごもごと付け加えた。
「もっと、知りたい」
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