第29話 混乱
「はぁ……」
ため息しか出ない。
今日は月曜日。だから学校の日。ほとんどの生徒が自転車バス徒歩で通学する中、バイクで学校へ行くなどという目立つ真似はできないし、そもそも学校にバイク置き場がないので、今日も今日とてあの坂道に立ち向かわなくてはならない。
自転車で。
(せっかくエストレヤがあるのに……)
もっと起伏の激しい地域では原付通学なんて珍しくないと知り、「うらやましい」と「大変そう」の気持ちは半々だ。
自転車のロックをカシャンと外し、またしてもため息を吐いてから自転車の直立タイプのスタンドを払う。エンジンなんて積まれていないのだ。スタンドなんて払わなくても走るのでは? なんて考えが、昨日の出来事を思い出して一瞬よぎる。バイクに脳が浸食されている証拠だった。
エストレヤよりよほど軽いはずの自転車は、なんだか重たく感じられた。カバーがかかって眠っているエストレヤを背中に、自転車をちんたら道路に引っ張り出した。弟が作ってくれるお弁当を前カゴに入れ、その上にあんまり中身が入っていない通学バッグを投げ入れる。サドルにまたがるとタイヤが少しだけ変形した。少しだけなので、空気圧は十分なのだと思う。
「はぁ……」
一方わたしはというと、再びため息を吐いていた。自転車のタイヤとは裏腹に、自分の体から空気が抜けてしまいそうだった。
「……行こ」
いつまでもここでダラダラしているわけにはいかない。それに登校中に弟に追い抜かれるのも癪だ。ペダルに足をかけ、ハンドルに置いた左手をぐっと握った――ところで我に返る。自転車にクラッチなど無い。
「……」
気を取り直して走り出す。速度が低いうちは低めのギア、速度が上がれば高いギアが楽だ。それは自転車もバイクも同じ。車体を傾けるとハンドルも傾いて曲がっていってくれるのも、自転車とバイクは同じだ。操作方法は案外似ている。他にもそんな乗り物があるのかもしれない。
自宅から南へ向かうといずれ六間道路に辿り着く。ルートはいくつかあるので、その日その日でテキトーに自転車を進めていた。
いま走っているのは中央分離帯のある広めの道路だ。片側二車線で、路肩も広く、道路の凹凸も少ない。
車たちの渋滞も尻目に、路肩をスルスルと走っていく。バイクとはまた違ったそよ風が頬を撫でていくのがわかった。バタつく髪が少しだけうっとうしい。どうしてこんなに髪がバタつくのだろうか。バイクに乗っている時の方がよっぽど強い風に晒されているのに。
(あ、ヘルメット!)
思わず急ブレーキをかける。ヘルメットをかぶっていない。なんてことだろう。ある意味バイクの象徴と言っても過言ではないヘルメットをかぶるのを忘れるなんて。ノーヘルの違反点数は何点だっただろう――というところまで考えて、また我に帰った。
(……いま自転車に乗ってるんだった)
操作感が似ていたせいだろうか。バイクに初めて乗った時は、自転車との違いにあれほど衝撃を受けていたのに。脳が完全に混乱していた。あるいは、バイクのことを考え過ぎなのかもしれない。
「はは……」
自嘲的な笑いがこぼれた頃、六間道路との交差点に差し掛かった。そしてちょうどその時、クロスバイクに乗った弟が、六間道路を走り抜けていった。
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