第26話 そこで終わりではなく


「浜名湖ぐるっと回って帰ろうかなと思うけど、メグもどう?」


 バイト先を出る前はそれも選択肢だった。だけど今は状況が変わっていた。


 初めての遠出は思いのほか体に疲労を与えていた。常に体にぶつかる風はじわじわと体力を奪い、眩しい日差しは眼球に負担を強いている。慣れない道は神経を徐々に、しかし確実にすり減らしていたのだ。


「……今日はもうやめとこう、かな。遠出して疲れた……」


「遠出!」


 感嘆符まで付けて彼女は声を上げた。


「んまぁー確かに、バイク乗り始めた直後は遠出ばっかりになるわよね。私も中田島砂丘とか法多山はったさん行っただけでも、遠出したー! って感じだったし」


「法多山……渋いね」


「お団子食べたかったから!」


 法多山のお団子は、串を刺した棒状のお餅を5個隣り合わせでくっつけたものにあんこを乗せるという独特な形状をしている。お餅をひとつひとつ切り離しながら食べていくのが楽しいらしい。


 らしいというのは食べたことが無いから。なれば、今後のツーリングの候補地には良いかもしれなかった。


「ツーリングの目的地はいつもそんな感じで決めてるの?」


「スイーツ目当ては割と多いかなー、再生数も稼げるし。スイーツ目当てのユーザーもバイク目当てのユーザーも動画見てくれるから」


 あのチャンネルにバイク目当てのユーザーいるの? というセリフが喉まで出かかった。なんとか抑えた。


「静岡の丸子にあるアイスクリーム屋さんとか、大平台のバームクーヘンのお店とか行ったなぁ……うぅ、思い出したら行きたくなってきた」


 彼女のお腹がぐぅとなる。さっきハンバーガー食べてただろうに。


「あーもうだめ。近いから行く。大平台行く。バームクーヘン食べる」


「そう……」


「メグも行く? 行かない? 行くわよね?」


「何その三段活用……ほんともう疲れたからまた今度ね」


「絶対ね! 絶対だからね!」


 絶対だからねー!! と叫びながら、彼女はドラッグスターで去って行った。

 ドドドドドというV型エンジンの鼓動は、深く遠くまで響いていて、なんだかいつまでも聞こえているような気がした。






 ナビによると自宅までの最速ルートは国道1号線を使うルートらしい。フィリーはガーデンパークの方を通って大平台に行くと言っていたので、今日のところはもう会うことはないだろう。


 エストレヤに乗ってゲートの隙間をすり抜ける。駐車場の料金が無料だと分かっていても、なんだかイケナイことをしている気分だった。


 来た道を戻る。国道301号線を進むと、国道257号線と国道1号線の分岐に辿り着く。左へ行くと257、右へ行くと国1だ。


 高架に沿うように伸びた道を進むと、並走する高架が次第に低くなる。そう思ったのもつかの間で、視界が開け、今走っている道と高架の道が合流するのが分かった。


(合流……)


 ひょっとすると初めてかもしれない。

 交差点は無数に通過してきた。交差点であれば信号なり一時停止の標識なり徐行なりで、周囲の安全を十分に確認してから走行することができる。


 だが合流はそうもいかない。周囲の速度に合わせなければスムーズかつ安全な合流はできない。


(……)


 正直、自信がない。


 しかしここで止まって引き返すわけにもいかない。この道は一方通行だ。


 腹を決めるしかない。それにここで逃げても、世に合流地点なんていくらでもある。いつか立ち向かう必要がある。そのうちお世話になるであろう高速道路のインターチェンジなんて、そのほとんどが合流方式で、おまけに速度はもっと高い。ここなら高速道路よりよっぽど優しいに違いない。


 意を決してハンドルを握り直す。流し気味だったスロットルを少しずつ開いて速度を上げていく。ジイイイイイイとエンジンが回転数を上げていった。


 合流ポイントに入る。振り返って本線の状態を確認した。


(うっ……)


 本線の走行車線上に大型トラックがいた。しかも割と近い。


 このままだとちょうど合流するところで並走してしまいそうだった。そうすると本線に合流できない。


 さらに悪いことに、背後には後続の車が迫っていた。下手に速度を緩めれば渋滞の元だし、合流できないからといって停止しようものなら、最悪追突の恐れもある。スロットルをさらに開けてみるが、大型トラックの前方に入れるほどの加速は稼げそうになかった。


(どうする? どうすればいい?)


 と、その時。


「!」



 トラックが追い越し車線に移った。



(ありがたい……)


 トラックが避けてくれたおかげで、走行車線にスペースができた。その機を見逃さず、ウインカーを出してハンドルをわずかに傾ける。バイクは徐々に右に流れていき、国道1号線に無事合流できた。右側を大型トラックが追い越していき、すぐに私の前、走行車線に戻ってきた。こちらを合流させるためだけに車線変更してくれたようだ。サイドミラーで背後を確認すると、走行車線を走る多くの自動車が、合流地点では追い越し車線に避けているようだった。


(そういうものなんだ……)


 ドライバーたちのささやかな知恵。


 あるいは優しさ。


 そんなものを垣間見た気がした。


(……逆の立場の時はできるようにしよう)


 免許は取った。


 だけど、それだけで勉強は終われないらしい。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る